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橋 Die Bruecke The Bridge |
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| [概要] 敗色濃いドイツ辺境の村で橋の守備を命じられた7人の少年たちの運命を描く。 |
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| [映画賞] ゴールデン・グローブ賞(1959) 外国映画賞 |
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| [ソフト化] ビデオ・DVD |
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| [Goods] チラシ |
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| レビュー人数 |
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| 平均点 |
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| 08/15 |
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| 確か中学生の時に最初に見て、大変ショックを受けた作品でした。 理由の一つが、「いつか米ソは戦端を開いて世界大戦が起きる」という可能性があった時代であること。そしてその戦争には私はきっと兵士として参加しなければならないだろうということでした。 私のこの危惧は、こんな戦争末期であるにもかかわらず普通の学生生活を送っていた主人公たちには現実のものとして降りかかってきたのです。彼らの日常は直ちに引き裂かれ、運命の導く最悪の状況へと向うしかありませんでした。 この彼らの日常がいかにも瑞々しく、いつの時代でもある少年から青年になりかけの心情をきちんと描いていて好もしい画になっていました。そして自分たちのその青春が萌えるそのすぐ傍の場所で、彼らは命を散らさなければなりませんでした。 とても哀しい、怖い映画です。いまでも胸を圧する緊迫感を感じます。是非若い人たちに見ていただきたい映画です。 点数をつけなければいけないのですが、本当は付けたくありません。ですからこれは仮の点です。 |
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| Unteroffizier |
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| なんといってもこの映画が評価できるのは、戦争という行為と戦争に向かい合わなければならなかった人々に対するスタンスである。主人公たちは少年兵という姿をしているが、実は彼らはドイツ人そのものの象徴だと思っている。戦争に対するスタンス、自分たちが外国に対して行っている行為、そして善悪を判断する心全てをお上にゆだねてしまった人々の象徴。ヒトラーを父親(家長)とみるならドイツ国民は彼の指示に盲目的に従ってしまう子供ともいえる。ドイツ人の多くは、国のため、民族のため、家族のために命のかけて戦ってきた。その行為自体は美しいのかもしれない。しかし、客観的にみると盲目的に戦って、国を荒廃させ、故郷を荒廃させ、仲間を失い、全く得るものはなかったということを少年兵を通じて描いている。少年兵たちは命令に従って、自分たちの町に通じる橋を必死にしかも多大な犠牲を払いながら守り抜く。橋を守り抜くことは、自分の町を守り、家族を守り、そして国を守るのだと純粋に信じている。しかし、現実には、橋に軍事的な意味はなく、それがゆえに彼らがあてがわれたこと、そして自分たちが展開している戦闘が故郷の人々を危険にさらしていることなど気づきもしない。彼らを正しい方向へ導くはず伍長は憲兵に銃殺されてしまう。伍長の存在は国民を正しい方向へ導くはずであった知識人であろう。こうして正しい判断力を失った彼らの勇敢な行為は全く無意味なものとなる。彼らの勇気は称賛に値するかもしれない。しかし全くもって場違いな勇気である。彼らの行為によって自分たちの町を破壊していき、敵の進撃を妨げるべく爆破しようとした工兵隊の行動を妨害していたのだから。勇気も時と場合を見極めて発揮し無ければ意味がない。そういった判断力にドイツ人全体が欠けていたのではないかということを少年兵という世間知らずの存在を通して、この映画は問いかけている。映画のラストはたくさんの友を失い、さらに自分たちの勇敢な戦闘行動を「余計なこと」となじられ、最後は味方を殺し、自ら傷つくというどうしようもないものである。これは第二次世界大戦でドイツ人が国のためにと勇敢にも命を懸けて戦い、そして得たものは、荒廃した故郷の町と老若男女を問わないたくさんの犠牲者、そして分断された国家であるという現実をそのまま投影したものである。
最近やたらナショナリズムをあおったり、戦争で国のために戦うことに意味づけをしようとする映画が増えてきていることにちょっと引っかかっている。愛国心を否定する気は毛頭ない。ただ盲目的な愛国心には大きな落とし穴があり、自ら国を愛することはどういうことなのか問うことが大事であるというこの映画のメッセージこそ真の愛国心をはぐくむものだと思っている。 |
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| Zach Bass |
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| いい映画です。 1959年製作ですから、私が10歳の頃ですね。 「橋」というと戦争映画として戦闘シーンばかりを思い浮かべてしまうのですが、この1時間40分弱ほどの作品はタイトルから1時間あまりをゆっくりと登場人物と背景を描く事に費やしています。 反戦映画と言われるものにはヒューマニズムを声高に訴える作品が多いのは否めません。 そういう意味では「橋」は淡々と丁寧に事実を追っていくという作風に好感が持てます。 もちろんシナリオがあって、制作者の意図があって、興行作品として完成させるという制約はあるでしょうが、それらを作為と呼ぶならば「作為を感じずに」見終ることの出来る映画でした。 小さな「橋」の周りで起こった小さな出来事を描き、大きな印象を与えてくれたこの作品は、私にとっての「名作」です。 「帰ろうよ ハンス・・・」 「ハンス 帰ろうよ・・・」 |
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| Shawshunk |
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| ドイツ少年文学の薫り漂う、痛々しい一編。ドイツの「銃後」の生活や軍内での食糧配給などなかなか興味深い。 敗色の濃いドイツの「諦念」ともいうべきものがこの作品の基調となっている。 「橋」での戦闘シーンはかなりのもの。爆破のイフェクトなども結構凄い。これはやはり「少年が命をかけている」というところがポイントなんだろう。シュマイザーや突撃銃(あまり発砲しない)、グリースガンの銃撃戦は迫力。MG42の連射もちゃんとバーストで発射していた。でも、どのシーンも「痛々しい。」パンツアーファストも登場。その爆風でやられる「いい人」は悲惨の一言。 さて、有名な「改造戦車ぞろぞろ」シーン(某サイトに詳しい)。まあ、映画の流れに乗っていれば違和感はないが、なんでここまで改造を?と思わせる。でも、戦車特有の攻撃はうまく表現されていると思う。驚いたのは、最後に射殺されるアメリカ軍将校。何と腹を撃たれて腸を飛び散らせながら絶命するのである!(白黒でよかった?)どこかで「プライベート・ライアン」のラストとの類似が指摘されているが、絶対これが元ネタと確信した。ドイツの戦争映画はやっぱりマジメだった。マジメ+痛々しさで見事に少年達の命を儚さを描いてくれました。採点は8点。 |
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| 赤男爵 |
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| 反戦色がそこここに感じられる映画だが、戦争の中に入り込んだ視点からとらえているので、反戦メッセージを込めた戦争映画と言えよう。先に点数からいくと7.5点。 いつかは自分たちも兵士として戦うことを夢に見、憧れていた少年たち。戦時下とはいえ楽しく過ごしていた日常生活を映画は前半で淡々と描き出す。その日は意外にあっさりと訪れた。身体は一人前であっても、大人でない以上すべてが「遊び」であり、「兵隊ごっこ」が現実となることは彼らにはプレゼントのように嬉しいのである。周りの大人たちが途方に暮れて心配する悲壮感はさらさらない。戦争がどんなに恐ろしいことかを知らないことが悲劇を生むのである。 彼らに与えられたミッションは古い石橋を防衛すること。実はその橋は余り重要ではなく、敵が目指して来る可能性はないと判断した大尉が少年たちを戦場から遠ざけるための親心だった。ところが運命のいたずらか、伍長が射殺され命令の撤回ができなくなってしまう。そして予想に反して米軍機甲部隊が橋を目標に押し寄せてくる。そんな事情も知らない少年たちは、命令を墨守し橋を爆破しにやって来た工兵をも追い返してしまう。そして一人また一人と仲間を失いながらも橋を守りきる。ほんのニ三日前まではとても考えられない悲惨な結末。 映画の前半が描く昼、家庭、仲間、生活が明るい「白」即ち平和とすれば、後半は 夜、軍隊、敵そして死といった暗い「黒」即ち戦争となり、この黒い部分が白黒の画面からずっしりと重厚に伝わって来る。そして黒のあとにやって来るのは「灰色」のもやに包まれた朝。この灰色を白にするのか、それとも黒にするのかが残された世代の課題なのである。白と黒と灰色しかないといわれているドイツ人の色彩感覚のなさであるが、この映画で正にそれが証明されている(白黒だから当たり前?)とともに、それが実にうまいことに驚かされる。 純粋無垢な少年たちの対極に置かれているのは大人たち。父母や教師は少年たちに同情するものの総じて現状追認の無抵抗型。上官も正面切って反対して行動したのではなく自分の与えられた権限の範囲で良かれと思い、できることを実行しただけのこと。要するに独裁政治体制の末端にいる大人たちは事なかれ主義の官僚的な発想と行動に終始している。これが回りまわって少年たちを死に追いやった訳であり、戦争を引き起こしたこの体制そのものとそれに抵抗しなかった多数派の人すべてに対してこの映画は批判の矢を向ける。主張がはっきりしているからこそこの映画は年を経ても普遍的に訴えかけるのである。そうした映画作りの姿勢に当時の西ドイツが建国10年にしてすでに第三帝国という過去を清算し、決別しているのを見ることができる。 赤男爵の知り合いで兵役年齢に達し、高射砲部隊に配属されていた男がいた。ドイツ降伏に際して米軍に投降したところ、身長が低かったために米軍は彼を子供と見なして家に帰されたという。米軍占領地区では収容施設が足りず、ライン川の川原や牧草地に鉄条網で仕切っただけの露天の下、病気で死んだ捕虜は多い。運命は紙一重。 |
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