[解説]
大戦中、ナチの強制収容所に収容され、その惨ましい犠牲となったオランダ人とユダヤ人の混血娘でドイツで生れたアンネ・フランクが生前書き残した日記をテーマとしたフランセス・グッドリッチとアルバート・ハケット共作のピュリッツァー受賞劇「アンネ・フランクの日記」の映画化で、五一年に「陽のあたる場所」で、五六年に「ジャイアンツ」でアカデミー監督賞を獲得し、また名作「シェーン」を放ち、二三年にアービング・サルバーグ賞を贈られたジョージ・スチーブンスが製作、監督した。
ジョージ・スチーブンスは一九〇五年、カリフォルニア州オークランド生れ。父親ランダース・スチーブンスは劇団をもち、ジョージは五才のときこの劇団の初舞台をふんだ。第一次大戦後、映画の興行的進出がめざましくなったとき、早くもこれに眼をつけた父親ランダース・スチーブンスは家族を連れてロサンゼルスへやって来た。ここでジョージはカメラマン助手を振出しに、ギャグ・ライター、二巻物映画の監督を経て一九三〇年ルフィーチャー監督になり、ハル・ローチ・プロ、ユニバーサル、RKO、MGM等で活躍した。彼が監督としての地位を確保したのは三五年でキャサリン・ヘップバーン主演「乙女よ嘆くな」を出したときである。ワイラー、ジンネマン等とともに第一流に属する彼はその巧緻をきわめた演出技法によりパーフェクショニスト(完全主義者)の名を冠せられている。
脚色者は原作劇を作者フランセス・グッドリッチとアルバート・ハケットで、この二人はフォックスでは最近「ある微笑」の脚色をした。
音楽は「ある微笑」のアルフレッド・ニューマン。「アンネの日記」の作曲は彼の最近の傑作との呼び声が高い。撮影は「ジャイアンツ」のウィリアム・メラーズであるが、アムステルダムにおけるロケ撮影は「戦争と平和」、「王子と踊子」を撮ったジャック・カーディフが担当した。
演出者はこの映画で華々しく登場したニュー・ジャーシー州生れ、モデル出身の新星ミリー・パーキンス、オーストリア出身で三七年に「ゾラの生涯」でアカデミー助演男優賞を得たジョセフ・シールドクラウト、(彼は五五年十月からブロードウェイを振出しに、五八年二月まで続演された舞台劇「アンネの日記」にも主人公オットーの役で出演し大好評を博している)「陽のあたる場所」、「黄金の銃座」に出演したシェリー・ウィンタース・アイオワ州出身で「終着駅」に初出演した新人リチャード・ベイマー、ウィーン出身の舞台と映画女優グスティ・ユーベル、カナダ・トロント出身のルウ・ジェイコビ、ロサンゼルス生れでモデル出身の新星ダイアン・ベイカー「初恋」のエド・ウィン等である。 |