[パンフレット] 353作品

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解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<タ行>

第17捕虜収容所
第27囚人戦車隊
第五戦線 遠い道
第7の暁
第8ジェット戦闘機隊
第八高地突撃隊
体当り突撃隊
タイガーランド
大進撃
大侵略
大戦争
大地と自由
大突撃
大反撃
太平洋紅に染まる時
太平洋の地獄
大編隊
太陽にかける橋 ペーパー・タイガー
太陽の帝国
戦う雷鳥師団
脱走山脈
脱走兵
小さな赤いビー玉
地下水道
地下組織
地上最大の脱出作戦
チャップリンの独裁者(2種類)
追撃機(2種類)
追想
ツェッペリン
ティアーズ・オブ・ザ・サン
ディア・アメリカ 戦場からの手紙
ディア・ハンター
抵抗(レジスタンス) 死刑囚の手記より
抵抗の詩
デルタ・フォース
テレマークの要塞
道中の点検
遠い道
遠すぎた橋
トコリの橋
ドッグ・ソルジャー
特攻決死隊
特攻決戦隊
特攻大作戦
トップ・ガン
友よ、風に抱かれて
渡洋爆撃隊
トラ トラ トラ!
捕えられた伍長
トリプルクロス

 

チャップリンの独裁者

1960年10月発行
A4版12P

[解説]

 チャップリン映画といえば世界中の人々が笑いのシンボルとして愛してきた映画である。だがその中でもこの「チャップリンの独裁者」は人々が特に注目した作品である。
 それはこの映画が「殺人狂時代」「モダン・タイムス」と共に彼の三大名作と謳われたことと、それまでトーキー嫌いで通していた彼が初めて完全なトーキーを使用したということによるのである。またこの映画が、独裁政治へ痛烈な批判を投げると共に独裁者の小心を笑いのうちに描いたことも世界中な注目させる大きな原因となったのである。この映画の製作を発表した一九三七年は、ヒットラー、ムッソリーニが世界征覇を夢みて独裁政治を欲しいままにしていた時代である。それゆえに、この映画は製作当時ドイツ、イタリアからアメリカ政府を通して強烈な製作中止の申し入れを受けており、日本でもまた戦時中は輸入を禁止されていたのである。
 しかし映画は独裁者への痛烈な批判を投げながらも決して彼本来の笑いというものは少しも損っておらず、これまで人々におなじみのチャップリンスタイルで楽しませてくれ、もう一方では彼は独裁者となって数々のギャグでもって独裁者の愚かしさを笑いの中にあばいて見せてもくれる。彼の全ての作品の中で、芸術的にも、また彼が映画製作者として時の権力者に対して絶体にゆずらなかったという見識の意味からも最高の作品といえよう。それだけに最近イタリアでも封切られたが劇場は長蛇の列で大変な盛況を見た。また今年の八月二九日にはベニス映画祭にも招待作品として出品され絶讃を受けたのである。
 製作・脚本・監督・主演とこの映画の殆どが彼一人によってなされている。トメニア国の独裁者、及びユダヤ人の床屋とチャップリンは二役を演じている。彼の相手役としては「モダン・タイムス」でチャップリンに抜擢され一躍世界中に名を知られたポーレット・ゴダードが床屋の恋人となっている。またムッソリーニを諷刺した独裁者ナパロニにはハリウッドの特異な劇役者として有名な「八十日間世界一周」及び「ねずみの競走」のジャック・オーキーらが出演してチャップリン映画の風格を高めている。


チャップリンの独裁者
(リバイバル)

昭和48年9月29日発行
発行所:東宝株式会社事業部
A4版28P

[解説]

 日本中に圧倒的な共感と絶賛の嵐とをまきおこした≪ビバ!チャップリン≫が、「モダン・タイムス」「街の灯」の大ヒットに続いて放つ第3弾。構想、スケール、そして、チャップリン全作品を貫く強烈なヒューマニズムと卓抜したパントマイム芸術が生みだす感動と爆笑においても最高といわれ、チャップリンのすべてを集大成したモニュメンタルな傑作とされている。
 チャップリンが「モダン・タイムス」を世に送った1936年当時のヨーロッパは、独裁政権に狂奔するヒットラーのナチス・ドイツにつぎつぎと屈服させられつつあった。チャップリンは、迫りくるファシズムによって危機に瀕していた自由と民主主義を守るための闘いを開始した。1938年「独裁者」を計画、翌39年9月、製作に着手したのである。時あたかもヒットラーはポーランドに侵入、ここに第二次世界大戦の火ぶたは切られた。もちろん、ヒットラーの製作中止への圧力はさまざまな形でくり返し行なわれたが、チャップリンはそれに屈せず、独裁者の本質を鋭くあばくとともに、その未来をもズバリと暗示した。驚くばかりの洞察力である。なお、世界中に愛のすばらしさを贈ったチャップリン、憎しみの種をまきちらしたヒットラーは僅か4日違いの同年同月生まれ。まったく対照的な生き方で後世対峙することになったのは歴史の皮肉なめぐりあわせか。
 チャッブリンはこの映画で、それまでのトレード・マークである、山高帽とステッキ、ドタ靴のスタイルをかなぐり捨て、初めて完全なトーキーを採用した。これはパントマイムを最高の表現芸術とみなすチャップリンの偉大な賭けであったが、みごとこれに勝ったのである。独裁者を痛烈に告発したラスト6分間の大演説がすばらしい効果を発揮したのは何よりもこのことを証明している。
 例によって、チャップリンは脚本・監督・主演を兼ね、独裁者ヒンケルと、迫害を受けるユダヤ人の床屋の二役をこなし、対照の妙味で大向うをうならせる。恋人ハンナには「モダン・タイムス」でデビュー、チャップリン夫人におさまったポーレット・ゴダード。またヒンケルと同盟を結ぶ独裁者ナバロニにはハリウッドの特異なコメディアンとして有名な「80日間世界一周」のジャック・オーキーがチャップリンと名演技を競う。
 ドイツはもちろん、同盟国だったわが国でも“有害きわまる”作品として上映禁止となったが、戦後15年たった60年初めて公開され、あの映画の偉大さに接することができたわけである。72年パリで再公開され、爆発的な大ヒットになったことは記憶に新しい。