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レッド・スコルピオン
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[解説] アメリカ映画界にとてつもない大物アクション・スターか誕生した。S・スタローン、A・シュワルツェネッガーをはるかに凌ぐ肉体とパワーを持った男、ドルフ・ラングレンの登場である。 |
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[プロダクション・ノート]●この映画の企画を考え出したのは、総指揮のロバート・アブラモフとプロデューサーのジャック・アブラモフの二人だ。彼等は、「ロッキー4」のソ連の科学が生んだボクサー、イワン・ドラゴ役のラングレンを観て、彼が必ずやアクション・ヒーローになると感じた。「ドルフのための映画を作りたい。それが、最初の動機さ」ロバート・アブラモフは言う。「僕らには、ドルフが、光輝く新星に見えたよ」 ●ラングレンの星の輝きには、まさに流星のような勢いがある。監督ジョセフ・ジトーは、こう言う。「彼こそ、次のタフガイ・ヒーローだ。彼は、ハンサムで実にいかしてる。若い連中にとっては、すごく魅力的さ。それに、気違いみたいにタフな男だよ」 ●ラングレンと同様に重要だったのは、恐らく、ストーリーだろう。ジトーは、次のように説明してくれた。「ここに、アクション映画が行くべき一つの道がある。他のはとんどのアクションものとは違う。これは、ある主人公が只一人、A地点からB地点に移動しながら、第3世界の人々を殺すといった物語ではない」主人公をソ連のエージェントにした事で、自ずとこの映貞は、通常のアクションものとは、色合いが違って来る。又脚本家のアーン・オールセンはこう付け加えた。「ニコライは、新しいタイプのスーパーヒーローさ。彼は、変化する。ブッシュマンの心に触れ、彼は、生まれ変わり、信じるもののために闘う事を学ぶんだ」 ●脚本が出来上がるとすぐに、アブラモフ兄弟は、アクション映画監督の第一人者ジトーを雇った。ジトーは、キャノン映画で、最もヒットし、6千万ドル以上の興収を上げただけでなく,チャック・ノリスを大スターにした「地獄のヒーロー」「地獄のコマンド」を手掛けた監督だ。アブラモフ兄弟は、ジトーが、ラングレンに同じ何かを与えてくれると期待したのである。ジトーは監督を担当するに当り、自分のスタッフを連れて来た。撮影ジョー・フェルナンデス、プロダクション・デザイナーのラディスラフ・ウィルハイム、編集のダン・ローエンタールが、ジトー一家の面々だ。彼らこそ、「地獄のヒーロー」「地獄のコマンド」「13日の金曜日・完結点」を生み出したスタッフである。 ●撮影はアフリカのナミビアで約4ヵ月半に渡って行われた。軍の基地から、原住民の村まで全て、この映画のために建てられたものだ。これを手掛けたのは、プロダクション・デザイナーのウィルハイムで、彼の説明によると、一時期、建築だけで120名、美術部門に、200名が働いていたと言う。ソ連の軍キャンプの建築だけで、3ヵ月かかった。衣裳デザインのリチャード・ブルーノは、何百もの俳優やエキストラの衣裳を用意せねばならなかった。その大部分は、軍服で、黄色い砂漠にくっきり映える様にデザインされている。 ●リアリズムを重視するジトーは、ミニチュアを使う事を拒んだ。特殊効果を担当したのは、007映画や最近では、「フルメタル・ジャケット」を手掛けたジョン・エバンズで、彼は、その技術を駆使し、爆発、炎上シーンをリアルにしている。数百人ものエキストラが動員されたある戦闘シーンの撮影には、35回の爆発が起こされている。こうした困難な撮影にもかかわらず、プロフェッショナルなスタッフとキャストの努力によって、全ては、スムーズに運び、はば予定通りの日数で撮影が終了した。 ●この成功の鍵となったのは、ラングレンだ。自ら数々の危険なスタントに挑戦。ラングレンは、文句一つこばさず、快くスタントをこなした。又、スウェーデンの海軍で訓練を受けた科学兵器を使わぬ、素手の戦闘技術を映画に取入れたのも、ラングレン自身だ。加えて、言葉の問題でも、ラングレンの才能が、ものを言った。この映画で、彼は、ロシア語をパーフェクトに話さなければならないし、又、ブッシュマンの言語をマスターせねばならなかった。ラングレンは、実際、6カ国語話せ、言語アクセントを巧みに操る事ができるのだ。ジトーは言う。「彼は、一緒に働く相手としては、最高だね」他のスタッフやキャストも勿論だが、一番の頑張り屋は、ラングレンだった。スタントも全て彼自身である。特に危険だったのは、走るトラックから、バイクに乗り移り、又、戻るというシーンだが、その他にも、生きているサソリが二匹、彼の背中に這上がり、次の瞬問、その背でお互いを刺し合うというシーンがある。これは、保険金杜のブラック・リストに載せられそうな危険を伴ったが、あえて映画につけ加えられたと言う。「観客にとっては、主役スターが自分でスタントをしているのを見る事ができるというのは、すばらしいだろうね」とジトーは語る。 |
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