[パンフレット] 353作品

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解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<サ行>

最後の太平洋戦争
最後の決死隊
最後の橋(2種類)
サイゴン
最前線
最前線物語
ザ・キープ
砂漠の鼠
砂漠のライオン
砂漠部隊
鮫と小魚
サヨナラ
さよなら子供たち
さらば外人部隊
サルバドル 遙かなる日々
サンタ・ビットリアの秘密
サン・ロレンツォの夜
ジェット・パイロット
地獄と高潮
地獄に堕ちた勇者ども
地獄の7人
地獄の謝肉祭
地獄の戦場 コマンドス
地獄の戦線
地獄の黙示録
地獄の黙示録 特別完全版
地獄への退却
史上最大の作戦
姉妹と水兵(復刻版)
十字砲火
将軍たちの夜
勝利者
勝利なき戦い
勝利への脱出
ジョニーは戦場に行った
シン・レッド・ライン
シンドラーのリスト
侵略戦線
新13階段への道 ナチ生体実験
姿なき軍隊
頭上の脅威
スターリングラード(2000)
聖なる嘘つき その名はジェイコブ
セブン・ビューティーズ
ゼロ地帯
戦火の勇気
戦艦シュペー号の最後
全鑑発進せよ
潜航決戦隊
潜行突撃隊
戦場(1961)
戦場(1978)
戦場にかける橋
戦場にかける橋2 クワイ河からの生還
戦場の7人
戦場の小さな恋人たち
戦場の小さな天使たち
戦場のメリークリスマス
戦場のピアニスト
戦場を駆ける男
戦塵
潜水戦隊帰投せず
前線命令
戦争の犬たち
戦争のはらわた
戦争のはらわた(R)
戦争プロフェッショナル
戦闘機攻撃
戦略空軍命令
戦略大作戦
総攻撃
祖国は誰のものぞ
底抜け艦隊
ソドムの市
ソフィーの選択
ソルジャー ストーリー
ソルジャー・ボーイ

 

サイゴン

昭和63年6月18日発行
発行所:東宝出版事業部
発行権者:20世紀フォックス極東映画会社
定価300円
A4版24P

[解説]

 「プラトーン」で、アカデミー助演男優賞候補になり、一躍、スターダムにのぽった演技派スター、ウィレム・デフォーが、イライアス軍曹のキャラクターを、さらに発展させてベトナム戦争下のサイゴンを舞台に名演技を見せるアクション・ミステリーの話題作。
 今回は、陸軍犯罪調査分遣隊(CID)サイゴン支部に配属された私服警官バック・マクグリフが、デフォーの役で、戦争犯罪の現場が最前線ばかりではないことを、彼は犯罪捜査を通して体験する。
 事件は、サイゴンの売春街で6人の娼婦が残虐な手口で殺されるという猟奇連続殺人に始まる。バックは相棒の黒人警官アルベビーと組んで事件の捜査にあたるが、容疑者としてアメリカ軍の将校が浮かびあがってくる。しかも被害者についてくわしい美しいカソリックの尼僧が、バックの前に出現しふたりは心をひかれあっていく。
 ベトナム民衆たちのアメリカ人への敵意と暴動が起こり、ナマナマしい現実をリアルに描き、ネオンの売春街からケサンの戦場へ、ベトコンのひそむ地下組織へと、2人の刑事がたどる、犯罪捜査過程で、ベトナム戦争の惨劇が浮き彫りにされる。
 ベトナム映画ブームのなかでも、これまで描かれなかつた新しい視点で、現実を深くとらえ、「プラトーン」「フルメタル・ジャケット」についで世界各国で高い評価を受けている。
 アルベビーを演じるのは、「コットンクラブ」「ホワイト・ナイツ/白夜」のグレゴリー・ハインズ。尼僧ニコルは「オックスフォード・ブルース」の新進美人女優アマンダ・ペイズ。CIDの皮肉屋の一等曹長ディックスは、「レモ/第一の挑戦」で主役をやったフレッド・ウォード。殺人容疑を受ける大佐に「ライトスタッフ」「シルバラード」のスコット・グレン。
 ベトナムの警察官に「ラスト・エンペラー」に出演しているシンガポール出身のケイ・トン・リム。元CID捜査官の中尉にテレビ「こちらブルームーン探偵社」などのレイモンド・オコナーが共演している。
 監督のクリストファー・クローは、脚本家出身の新進で、これが初めての演出だがダイナミックな迫力ある作品に仕あげている。
 クローと共同でオリジナル脚本を書いたのは、「シティヒート」などに脇役出演し俳優からシナリオ・ライターになったジャック・ティボー。
 製作のアラン・バーネットは、テレビの「ヒッチコック劇場」などを手がけたベテラン。「女と男の名誉」「スタンド・バイ・ミー」のデニス・ワシントンが、プロダクション・デザイナーとして起用され、撮影はデイビッド・グリブル、音楽はジェームズ・ニュートン・ハワードが担当。
 ロケーションはバンコックで行われ、51日間の撮影をへて完成された。
 GIたちが女を買うサイゴンのトゥド通りは、ライブ・ショーを見せる酒場が50軒以上並ぶ“バットボン”と呼ばれるバンコックの歓楽街が使われ、世界的に有名なオリエンタル・ホテルに隣接した美しいカソリック学院と修道院。バンコックから1時間半ほどの北にあるナコム・・バソムという町では、ベトコンのテロリストにバックたちが追いつめられての乱闘シーンが、タイ人のエキストラを集めて撮影された。
 バタヤ・ピーチのはずれの小さな集落は、ケサンの戦闘シーンの舞台となり、「プラトーン」などに劣らない迫真のアクションが描かれる。

[プロダクション・ノート]

 撮影開始は87年4月21日。アメリカ人とオーストラリア人から成るスタッフは、バンコックという街と猛暑の季節のうだるような蒸し暑さに慣れるため数週間前に現地に飛んだ。「楽に仕事できるように、また街を知るために2、3週間前にロケ地入りした。」と語るのはデフォー。
 クリストファー・クローはいう。「1987年は公式にもタイヘの観光を薦めている年だったが、それももっともだよ。われわれは絢爛たるバンコック市内から世界にも類を見ないほどの美しい田園地帯に至るまで、この国のさまざまな部分を見せてもらった。タイの映画人たちの社会にも感銘を受けた。バンコックには熟練技術者がおおぜいいて、スタッフにもずいぶん加わってもらった。これは思いがけないよろこびだった。
 しかし「俳優やエキストラはムービー・キャメラというものを見たこともない場合が多かったから、演技のレッスンもしなきゃならなかったし、40度以上の蒸し暑さの中でのほんとうに過酷な撮影に耐える努力もしなければならなかった。」
 美術班によりデザインされ、コーディネイター、プッチ・ウェスト以下により建造されたすばらしいセットは圧巻だ。1960年代半ば多くのベトコンの住み家となっていたク=チ・トンネルが映画に登場するのは初めてだ。「戦場だの掩蔽壕だのは見たことがあるが、サイゴンの地下道を見たことはなかった。」とデニス・ワシントン。
 本で研究した美術班は、こうしたトンネルがかつてはサイゴンの入り口からカンボジアとの国境まで伸びており、数百キロに及んでベトコンの活動範囲となっていたことを知った。トンネルにシェルターを見つけたのはベトコン・ゲリラのエリート、カク・コンら。彼らはサイゴンでの破壊工作の大半をやってのけた“工兵”だった。実際のトンネルは発電機、牛、燃料、食堂、寝室、そして数えきれないほどの作戦司令部を包含する巨大なものであった。
 大きな倉庫に木の枠組を作り、モルタル、ファイバーグラス、ガナイトなどで塗り込めた上から実際のトンネルが作られていた赤土を塗った。「サイゴン」のトンネルは古い車のシート、簡易寝台、弾薬、木材、寝所、灯油ランプ、食料の籠などでそれらしく飾られた。
 6月末バンコックでの撮影を終えたスタッフ、キャストはベトナム戦争に対する洞察を深めていたばかりではく、あたかもそこに臨場していたような感慨を覚えていた。「入隊して遠征してきたような気分だ。」とクローは語る。