![]() |
ブルースが聞こえる
|
[解説] 日記を開くたびに思い出す。出逢った時にはワルで憎らしかったが、別れてみると無性に懐かしくなる友のことを。あんな友にもう二度と全うことはできない。短くも光り輝く、人生にとってかけがえのない時だった‥‥‥。 |
|
[プロダクション・ノート]★主要な部分の撮影は、1987年4月18日から6月24日まで、アーカンソー州フォート・スミスの近くにあるフォート・チャフィーで行なわれた。フォート・チャフィーでは主に軍施設が撮られ、それ以外はアーカンソー州フォート・スミス附近の幾つかの町、バーリング、チャールストン、ヴァン・バレン等で撮影された。 ★監督のニコルズは、1940年当時の音楽、服装、流行文学、漫画(特にビル・モールディンの風刺漫画「ウイリー・アンド・ジョー」)、映画を使うことによって、主人公の思い出をより鮮烈にし、40年代特有の雰囲気や、恋愛、人生といったものが現実以上に誇張された状況を生み出したいと思っていた。そこで考えついたのは、画家のノーマン・ロックウェルが描く40年代のスタイルをとるということ。ロックウェルの作品は、シリアスな題材を扱いながらも、無邪気さや明快なイメージ、心の機微、ユーモアといった要素がほど良く組み合わされており、純情な若者が戦争によって唐突に大人の世界に投げ込まれるというニール・サイモンの戯曲には、正にうってつけだった。40年代当時を知る最良の手掛かりとしてロックウェルを選ぶということに関して、ニコルズとポール・シルバート、撮影監督のビル・バトラーの意見は完全に一致した。その基本コンセプトは、ロックウェル的暖かさと明るさの中に、ときおり露わになる軍事訓練の動かしがたい現実、ということだった。 ★過去に4度に渡って舞台劇でコンビを組んだニール・サイモンとニコルズ。だが、映画で共同作業をしたことはなく、本作品が記念すべき初の映画ということになった。「初めてって感じは全くしないけど、本当に初めてなんだ」と語るサイモンが、フォート・スミスに顔を出したのは、リハーサルの2週間だけだった。「マイクをすっかり信用していて、期待を裏切られるはずがないと思ったからだ。一緒の食事をする時も、電話ででも、何から何まで話し合った。その結果、戯曲にはなかったが、彼が映画で表現する要素というのがはっきりわかったんだ。とにかく、話し合えることは全て話し合ったと思うよ」 ★最後の撮影は、兵士達がビロクシ訓練所に列車で発着するシーンだった。汽車の内部と外部が撮られるため、当時そのままの蒸気機関車と10人乗り客車が、ファンタジア電車鉄道機材取引所から借り出された。No.750型蒸気機関車は、第2次世界大戦中に実際に兵士を乗せて、ジョージア中部とビロクシの間を走っていたもので、1910年に作られた石炭燃焼型の“パシフィック”タイプ。10人乗りの客車は、エリー鉄道のために、プルマン・スタンダード社が1920年に製造したものだった。 |
|