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サンタ・ビットリアの秘密ケン・ブックスNo.102 1968年12月発行 |
[解説] いつも社会的なひろがりをもち、人間の愛憎をドラマティックに描いた話題作を手がけているスタンリー・クレイマーが、「手錠のまゝの脱獄」「渚にて」「ニュールンベルク裁判」「おかしな・おかしな・おかしな世界」「愚か者の船」「招かれざる客」などの諸作を上まわる傑作を完成した。それがこの「サンタ・ビットリアの秘密」である。 |
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[プロダクション・ノート]クレーマーは1966年に、ハリウッドの文学関係担当者から、ある秘密情報を入手しました。それは「サンタ・ビットリアの秘密」という本の出版が迫っており、ものすごい勢いでベストセラーになることは確実だということでした。すでに20世紀フォックスとMGMの両者が、その映画化権を切望していると知ったクレイマーは、原作者のロバート・クライトンに会って、出版以前にゲラ刷りを手に入れようと、日参しました。この熱意が通じて両者の間に取引が成立し、クレーマーによる映画化が実現したわけです。 アンチィコリ・コッラドとカプラニカの村、ハドリアンの別荘からそう遠くない古代ローマ時代の洞穴、それに有名なチボリの海岸町が、主要ロケ地として選ぱれました。アンチィコリ・コッラドは、13世紀にノルマン人が居を定めた部落で、高度2000フィートの山の頂上にあります。600年もの間、俗世から遠く離れて、12の戦いも19世紀のサラセン人の侵入も知らず、安眠をむさぼっていた村です。この村がデンマーク人でローマに留学していた芸術家によって発見されたのです。彼は週末旅行にきて嵐にあい、村人から厚いもてなしを受けました。彼はローマに帰ると、そのことをみんなに知らせました。そのときからここは、西洋の芸術家たちの間で評判となり、“真珠の女”で知られるフランスの風景・肖像画家コロー(1796〜1875)や、“考える人”のフランス人彫刻家ロダン(1840〜1917)など、有名芸術家を多数迎えています。 この映画の陰の主役はブドー酒です。先祖以来ブドー酒に命を賭けた農民がドイツ軍から100万本のブドー酒を守り抜く場面で協力を申し出たのは世界的に有名なチンザーノ。酒蔵に眠る棚の瓶、手から手へ街から丘の洞窟へと運ばれるボー大な数の酒瓶、1940年代のラペルや勿論中身まで。それからブドーの樹など揃えてくれた。クレイマーはその協力のお礼に酒蔵の入口にチンザーノの名をはりセリフにも商品名を入れて感謝を表した。 アンソニー・クインは監督のクレイマーについて、次のように語っています。「私はいままで12人の監督のもとで働いた。スタンリー・クレイマーは13人目だが、彼との間には何もトラブルは起きなかった。俳優はレース用の馬みたいなもので、よい騎手が必要だ。クレイマーは馬の私にとって、上手なたずなさばきの騎手で、もし彼がその手をゆるめれば、私はたちまちうろたえてしまっただろう。この映画では、私はただひとりイタリア人でないのに、イタリア人を演じているのだから、特別に指導が必要だった。私があまりイタリア人になりきると、クレイマーはオーバーになりすぎないよう、ためらわずに注意してくれた。また一般的にいって、俳優が成功をおさめるためには、映画とは無関係な多くの人々にめぐりあうことも、重大な仕事だと思う」 |
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