[解説]
幾多の戦争映画は出た。しかし、戦争を通して、その根底を探ろうとする作業は映画において中々なされていない。
この映画の特徴は、第三者の目で、大平洋戦争を再び検討しながら、なかんずく、日本の精神に、近づこうとしていったことである。もっとひらたくいえぱ、「神風」という具体的な事実を取りあげながら、それを通して、日本人の精神に流れている「神風」を追究したかったことにある。
なぜなら、ヨーロッパ人にとって、戦後の日本を探ぐるには、まずそこから堀りおこしていかなければならなかったし、又、それは、むしろ、日本人自身によって、本当はなされなければならなかった仕事作業でもあるはずである。しかしながら、我々日本人はともすれば、この大切な作業を忘れがちになってしまう。ある世代は、いまだに、この神風美学を、自分の中から追い出しえないでいるし、又ある世代は、あまりにも無関心すぎる。そして何より、あの未曾有の体験を、あらゆる場所で生きてきた我々には、それをともすれば、冷静にかえりみられないうらみがあるのも、むしろ当然であろう。
この作品は我々日本人一人一人に、それぞれ全く、別な反省や、反対や、共感を抱かせるであろう。
今日でこそ、アメリカの、つまり二十世紀の近代戦争方法に対して、我々が、十四世紀のいわゆる神風精神をもってこれに抗したことを、云々はできる。しかしながら、我々日本人は、正にそうしたのである。
この映画はパリで封切られるや、色々な反響を生んだ。ヨーロッパ人にとって、こうした日本のみつめ方は、はじめてであったからである。
それは又、我々日本人にとっても大変有意義なことである。ただ、単に、当時の日本人の精神の在り方をさぐるだけでなく、第二次大戦が、原爆を使用することによって、戦争を大きく変えてしまったこと──
そして、人間の生命が正に原爆によって左右されている今日の問題にまで及ぴ、怒号せずに、切々と、戦争否定をといていることに、この作品の重大な意図がある。 |