[パンフレット] 353作品

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解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<マ行>

マーフィの戦い
マッカーサー
マッケンジー脱出作戦
マッコーネル物語
マッシュ
“マッシュ” イタリアーノ 全員集合!
マリア・ブラウンの結婚
マルタ島攻防戦
マレー・ゲリラ戦
ミスタア・ロバーツ
未知への飛行
ミッドウェイ
名誉と栄光のためでなく
メタル・ブルー
メル・ブルックスの大脱走
メンフィス・ベル

 

マッカーサー

1978年1月発行
発行所:松竹株式会社事業部
定価:300円
A4版24P

[解説]

 ダグラス・マッカーサー。われわれ日本人の胸に、今なお尽きぬ感慨を呼び起すこの名前。太平洋戦争、そしてあの終戦後の混乱期を通して、彼が日本にもたらした数々の変革は、当時を知る者すべての記憶に生々しく焼きついている。
 この映画は、1942年、当時は62才のマッカーサーが、「アイ・シャル・リターン」という有名な誓いの言葉を残して、コレヒドールを撤退するところから始まり、82才の「老兵」として歴史から消え去ってゆくところまで、国家的英雄を主人公としながら美化に走らず、歴史的事実を裏づけに、波瀾に満ちた時代の頂点を生きる人間マッカーサーのすべてを、戦争というドラマのなかで、ありのままにくっきりと浮き彫りにするのである。
 壮大なスケールのこの企画は、四年もの長い準備期間をかけて、「ジョーズ」の名プロデューサーコンビ、リチャード・ザナックとデビッド・ブラウン、それにフランク・マッカーシーが加わって製作を実現した。この三人はかつて、アカデミー作品賞に輝く「パットン大戦車軍団」(70)を共に製作し、マッカーサーとはあらゆる意味で興味ある対比を見せたもう一人の第二次大戦の英雄、パットン将軍を、見事にスクリーンに甦えらせた。戦争映画の枠を広げ、そこに陰影ある人間ドラマを築く手腕は、すでに実証済みの三人である。
 大任の監督は「サブウェイ・パニック」(74)のジョセフ・サージェント。アクションとドラマが交錯するこの雄大な作品を、めりはりのある演出で堂々とまとめている。
 企画の発表と同時に大きな話題となったマッカーサー役の人選は、ハリウッドの大スターの殆んどすべての名前があげられたが、結局、最初から本命と噂の高かったグレゴリー・ペックに落着いた。
 ペックを除くキャストは、実力派の渋い演技陣で固められ、イメージが邪魔をするようなスター級の俳優は、故意に退けられた。スターの顔見せのような戦争映画にすることを避ける、真筆な製作者の態度がここにも現われている。
 脚本は、「続・激突!力ージヤック」(73)で、カンヌ映画祭脚色賞を獲得したハル・バーウッドと、マシュー・ロビンスの名コンビ。
 音楽は「パットン大戦車軍団」にも起用された、ベテランのジェリー・ゴールドスミス。
 撮影は陸海軍基地を中心として、ウエストポイント陸軍士官学校、ロサンゼルス近郊など、すべて米国内で、当時を忠実に再現して撮影された。

[プロダクション・ノート]

◎マッカーサーを演ずるに当って、グレゴリー・ペックはバージニア州、ノーフォークにあるマッカーサー・シューゼアムや、ワシントンの国立図書館を訪ずれて、マッカーサーに関する資料を読みあさり、また、マッカーサーが登場するほとんどすべてのニュース映画を試写して、その役づくりに役立てた。
「正直にいって、この映画を撮る前、マッカーサーという人間に対する私自身の気持は非常に複雑で、それも好感よりはむしろ批判的な気持が強かったものです」と、ペックは語っている。「しかし、彼の事を多く知り、カメラの前で彼自身を演じた現在、この気持はまったく逆転しました。彼の総率力と決断力は私が思っていた以上に人並み優れたものであり、しばしば誤解の種となった彼の芝居じみた言動も、後者を転業とする私としては、尊敬せざるをえません。長所も短所もある人間マッカーサーを描いたという点でこの映画は実にユニークだと思います。」

◎「この映画の演出を引き受けられた理由は?」インタビュー記者の質問を受けて、冗談好きのジョセフ・サージェント監督曰く「それや 君、サージェント(軍曹)が、五つ星の陸軍元帥に命令を下せる機会なんて滅多にないからです。」

◎マッカーサーがPTボートでコレヒドールからオーストラリアに撤退する場面は、カタリーナ諸島のキャット・ハーバーという海辺でロケが行われた。ロケ現場には、ヤシの本一本に至るまで当時のコレヒドールが忠実に再現されたが、思わぬ障害になったのはカタリーナ島に数多く棲息する水牛。草をはみながら、いつの間にかカメラの視野の中に入ってきてしまうのである。フィリッピン地方の水牛とはまったく異る種類の動物であるため、本番中は、これらの水牛を遠くへ追い払うのが一苦労。鉄カブトに銃をかついだエキストラの兵隊たちが、ジープに分乗して敵のゲリラならぬ、水牛の駆遂に汗をかいた。

◎「時と潮は人を待たず」ということわざがあるが、サンディエゴの浜辺で、マッカーサーのフイリッピン再上陸場面を撮影している時に、まさにこのことわざ通りの事態が発生した。10数隻の上陸用舟艇が河岸にこぎつき、兵隊たちがバラバラと陸に駆けあがるカット。カメラをセッティングして、リハーサルを繰り返した2時間足らずの問に潮が列いてしまい、上陸用舟艇は乾いた砂の上に立往生。撮影隊は急拠、別のシーンの撮影にとりかかって、6時間の満ち潮を待った。

◎マッカーサーの伝記は、今までに少なくとも140冊以上のものが出版されているが、映画「マッカーサー」の製作に当っては、最も客観的に人間マッカーサーを描いたといわれるミシシッピー州立大の歴史学教授、D・クレイトン・ジェームズ博士の伝記が参考にされ、ジェームズ博士自身、ハリウッドに招かれて、完成台本の監修を行った。