[解説]
「セブン・ビューティーズ」はイタリアの女流監督リナ・ウェルトリューラーの1976年度の脚本・監督作品。前作が好評だった「流されて……」(Swept Away)でもあり、好調の波にのったリナが、彼女の力量以上の力、或いは持てる才能のすべてを出しきった作品だといわれている。
現在でもマスター・ピースとしての誉れが高いこの「セブン・ビューティーズ」だが、製作年度にワーナーから全米配給された時のアメリカ人の熱狂ぶりはもの凄かった。
「黒人霊歌のような魂をゆすぶられる作品。ジャンニーニの演技には涙が出るほどの笑いと恐怖…」「……人間のもつありとあらゆる感情、情熱、怒り、哀しみをダイナミックに、知的ブラック・コメディとして描ききった」
(ハリウッド・レポーター)
「イングマル・ベルイマン以後の最も重要な監督……この映画で最も愉快な所は最も悲しく、最も悲しい所は最も愉快だ」
(ジョン・サイモン=ニューヨーク)
「今後、フェリー二の域に迫る映画作家」
(ビンセント・キャンビー=N・Yタイムズ)
に代表されるように、マスコミの讃辞は、殆んどフェリーニ或いはベルイマンといったヨーロッパの代表的な監督に続く、最も重要な監督としてリナ・ウェルトミューラーを位置づけ、作家主義を貫きながら、その流れるようなスピーディな描写力、パワー、洗練されたイメージで、エンタテイメントとしても十分楽しませてくれることに拍手を贈っている。
そして、この年のアカデミー賞の四部門(主演男優・女優賞・監督賞・脚本賞)にノミネートされ、興業としても、外国映画としては難関の百万ドル興収を軽く突破してしまうという強さを示した。
この成功を受けて、日本での上映が待望されていたが、アメリカ事情と日本との差が当時は大きく考えられ過ぎて時を逸し、今回が初公開ということになったといえよう。
つまり、この映画のアメリカでの成功(ヨーロッパ以上)は、ベトナム戦争(1973年終結)で深く傷ついたアメリカだから……という判断である。
事実、軽く早いテンポで描くリナの、戦争の生き残りのホロ苦さは、戦争という運命を左右する出来事に面と向かわざるを得なかったアメリカ人にとっては、より切実といえたかもしれない。だが、サバイヴ(生き残る)とは、なぜ?というこ
とも含めて、私たち人間の問題であることに変りはない。
さて監督のウェルトミューラーだが、フェリーニの「8 1/2」の助監督を経て一本立ちしただけあって、初期の作品には師の影響が色濃いといわれているが、デビュー作「とかげ」(63)でスイスのロカルノ映画祭銀の帆賞を受賞して幸運なスタートをきっている。
'73には5作目の「愛とアナーキー」で、主演のジャンカルロ・ジャンニーニがカンヌ映画祭の主演男優賞受賞。
7本目の「流されて……」(日本での公開は'78)はN・Yタイムズのベスト・テンに選ばれている。
これらの作品の間に、脚本執筆も盛んで、「狼の挽歌」「カトマンズの恋人」「ブラザー・サン・シスクー・ムーン」などがおもな共同執筆作品。
この多才で骨太な女流監督リナの作品になくてはならないのが、この映画でもパスカリーノを演じているジャンカルロ・ジャンニーニ。
彼女がまだ舞台の仕事をしていた頃、18才で、「真夏の夜の夢」の舞台に立っていたジャンニーニと知り合って目をつけただけあって、この二人のコンビネーションは見事だ。
「流されて……」のヒゲ面のシチリア男に扮した彼に笑いころげた方は、この作品の成功の後に、ヴィスコンティの「イノセント」('76・遺作)で優雅な貴族を演じたジャンニーニの美男子ぶりに唖然としたのではないだろうか。
映画俳優の中ではチャップリンを誰よりも尊敬するというジャンニーニが、この大先輩の喜劇精神をみごとにぬすみとって、今回はおかしく悲しい俗人のナポリターノを迫真の演技で見せてくれる。
共演陣も、ルイス・ブニュエルの「哀しみのトリスターナ」などで有名なスペインの俳優フェルナンド・レイ、アメリカの舞台女優兼歌手のシャーリー・ストーラー、イタリアの個性派ピエロ・デ・イオリオなど異色の演技派が揃っている。 |