[解説]
ポーラ・ネグリ主演の『パッション』(1919)、『寵姫ズムルン』(1920)、『山猫リシュカ』(1921)など、濃厚なエロチシズムとシャレた笑いでサイレント期のドイツ映画界を代表する存在だったエルンスト・ルビッチ監督(1892年・ベルリン生れ)は、1923年、ハリウッドに招かれ、『結婚哲学』(1924)、『ウィンダミア夫人の扇』(1925)、『陽気な巴里っ子』(1926)等々からトーキーに入って『モンテカルロ』(1930)、『極楽特急』(1932)、『生活の設計』(1933)、『天使』(1937)等々、のちに<ルビッチ・タッチ>とよばれることになるその洗練されたタッチで、とくに上流階級の大人の男と女の恋愛やセックスをさまざまな笑いでまぶした都会的なコメディをつくり、アメリカ映画の一つの流れになる結婚・離婚喜劇(スクリューボール・コメディ、ソフィスティケーテッド・コメディ、ロマンチック・コメディなどとよばれる)のジャンルの核をなすことになった。
『生きるべきか死ぬべきか』(1942、日本では劇場未公開、短縮版の『お芝居とスパイ騒動』がTV放映されただけである。また、メル・ブルックス製作主演の再映画化作品『メル・ブルックスの大脱走』(83)もある)は、グレタ・ガルボ主演の『ニノチカ』(1939)やジェームズ・スチュアートとマーガレット・サラヴァン主演の『桃色の店』(1940、つい先ごろ『街角』の題でリバイバル公開された)のあとにつくられた作品で、アメリカが第2次世界大戦に参戦する直前につくられ、参戦直後に公開された(チャップリンの『独裁者』(1940)、アルフレッド・ヒッチコックの『海外特派員』(1940)、フリッツ・ラングの『マン・ハント』(1941)、『死刑執行人もまた死す』(1942)に次ぐ<反ナチ映画>でもあった)。そんな状況下でアメリカの映画界は、批評家も観客も、はたして笑うべきか、笑わざるべきか、大いに困惑したといわれる。
主演のジャック・ベニー(ヨーゼフ・トゥラ役)はラジオの芸人(コメディアン)からテレビのスターになった人で、有名な「ジャック・ベニー・ショー」がある。ヒロインのキャロル・ロンバード(マリア・トゥラ役)は<スクリューボール・コメディの女王>といわれた才色兼備の女優で、当時クラーク・ゲーブル夫人であったが、自ら望んで出演したこのルビッチ作品が最後の出演作になった。撮影を終えた3週間後に飛行機事故でわずか34歳の生涯を閉じたのだった。TVシリーズ「アンタッチャブル」のエリオット・ネス隊長役で知られるロバート・スタックの若き日の姿 |