[パンフレット] 353作品

[] [] [] [] [] [] [] [] [] [] [英数字] [プレスシート]

所有しているパンフレットを随時アップしています。珍しい物はありませんがご覧ください。

解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<ナ行>

殴り込み海兵隊
殴り込み戦闘機隊
ナチ帝国大戦秘録 勝利と敗北
ナバロンの嵐
ナバロンの要塞
ならず者部隊
にがい勝利
肉弾鬼中隊(1957)
二世部隊
ニュールンベルグの戦犯 13階段への道
ネイビー・シールズ
ネレトバの戦い

 

ニュールンベルグの戦犯
13階段への道

1960年2月発行
A4版12P

[解説]

 一人の男が十三階段に導かれ、絞首刑が執行される。そこで、トップタイトルが始まる。「この映画のすべては実写に基づくもので、事実以外の何ものをも語るものではない」──このタイトル・バックで男は絶命する。
 ドイツのA級戦犯の裁判は、一九四五年十一月二十日よりニュルンベルク市で開かれ、十カ月後、翌年の十月一日に判決が言渡され、絞首刑は十月十六日より執行された。
 ニュルンベルグは、ドイツ中南部ババリア地方の古都である。中世には自由市として栄え、芸術と科学の伝統で知られている(その古い建造物の大半は連合軍の爆撃で破壊された)。ナチスは一九三五年以来年々この都市で党大会をひらいた。そのゆかりの地で、ドイツA級戦犯は裁かれたのである。
この映画は、まずその裁判の記録映画であり、同時に、各被告の陳述にあわせ一九三三年から四五年までの十二年間、ナチ・ドイツの侵攻、第二次世界大戦、そしてドイツを降伏に導いた恐ろしい背景を、その大部分が未公開の撮影および録音記録によって後づけたものである。だからこれは単なる裁判の、あるいは戦争の記録映画ではない。ドイツ国民のめざましい興起と悲劇的な崩壊を物語るドラマチック・ドキュメンタリーである。
 この映画の大スターは、一九三三年政権を,獲得してからドイツ第三帝国の首相になり上った、史上有数の独裁者ヒトラー(総統官邸の地下防空室で自殺)、軍政両面に絶大な権力をふるい、ヒトラーの後がまをねらったゴウ慢なゲーリング(空相=死刑執行前に自殺)、マスコミを一手に握り、その弁舌と政治的PR、スペクタクルな演出の才に長じた魔術師ゲッペルス(宣伝相=ヒトラーを追って自殺)、あらゆる残虐の総元締ヒムラー(親衛隊長=逮捕され自殺)、独ソ協定と日独伊三国協定を操り、ソ連不意討ちのもとをひらいたリッペソトップ(外相=絞首刑)、ヒトラーの文字通り右腕の武器となり、電撃戦と物量戦を計画し実施したカイテル(独軍最高司令部幕僚長・陸軍元帥=絞首刑)をはじめとする二十数名のA級戦犯である。彼等の、得意満面の全盛時期、急転した絶望の時期、そして冷い屍を、われわれは大いなる群集の喜怒哀楽の変転の中に見つめることができる。
 たとえば、スターリングラードに敗れた幾万の捕虜がモスコウの赤い広場に引出される。これを見つめるモスコウ市民もあわれだが、更に現在この場面を見るドイツ人の感慨はひとしおであろう。──そのころ、ベルヒテスガーデンの山荘では、ヒトラーとゲッベルス、リッペントロップもつめかけ、生活を楽しんでいる。ここで紹介されるヒトラーの愛人エバ・ブラウンを、そのころのドイツ人は知らされていなかった。(エバは、ベルリン最後の日にヒトラーと結婚式をあげ、ヒトラーとともに自殺して果てた)
 また、VI号誘導ミサイルにつづくVII号ロケットの発射情況。この短い数カットこそ、ロケット時代誕生を告げる貴重な瞬間の場面である。
 この映画で特に問題なのは強制収容所の残虐場面であろう。ナチスはドイツ民族の優越性、いわゆる「指導者民族」の原則により(一九三五年ニュルンベルク大会における民族保護法制定〉、捕虜や奴隷労働に強制徴用した外国人を虐待虐殺し、特にユダヤ人は片っぱしから強制収容所に送り、空前の集団大量虐殺を実行した。戦争中にどう低く見積っても侵略地区や占領地で千二百万人に及ぶ男女子どもが殺され、そのうちポーランドのアウシュビッツをはじめ各地の収容所では八百万人が殺された証拠があるといわれる。この映画の強制収容所は、解放された直後に連合軍側の手で撮影されたものである。平和を欲するものは、戦争と狂気の、この実態を見きわめていなければならない。
 西独コンチネント・フィルム製作、監督はフェリックス・フォン・ポドマニツキー。
 三映社フィルム株式会社提供。日本版解説はNHK佐々木敏全。
 昭映フィルム株式会社が配給する。