[パンフレット] 353作品

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解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<サ行>

最後の太平洋戦争
最後の決死隊
最後の橋(2種類)
サイゴン
最前線
最前線物語
ザ・キープ
砂漠の鼠
砂漠のライオン
砂漠部隊
鮫と小魚
サヨナラ
さよなら子供たち
さらば外人部隊
サルバドル 遙かなる日々
サンタ・ビットリアの秘密
サン・ロレンツォの夜
ジェット・パイロット
地獄と高潮
地獄に堕ちた勇者ども
地獄の7人
地獄の謝肉祭
地獄の戦場 コマンドス
地獄の戦線
地獄の黙示録
地獄の黙示録 特別完全版
地獄への退却
史上最大の作戦
姉妹と水兵(復刻版)
十字砲火
将軍たちの夜
勝利者
勝利なき戦い
勝利への脱出
ジョニーは戦場に行った
シン・レッド・ライン
シンドラーのリスト
侵略戦線
新13階段への道 ナチ生体実験
姿なき軍隊
頭上の脅威
スターリングラード(2000)
聖なる嘘つき その名はジェイコブ
セブン・ビューティーズ
ゼロ地帯
戦火の勇気
戦艦シュペー号の最後
全鑑発進せよ
潜航決戦隊
潜行突撃隊
戦場(1961)
戦場(1978)
戦場にかける橋
戦場にかける橋2 クワイ河からの生還
戦場の7人
戦場の小さな恋人たち
戦場の小さな天使たち
戦場のメリークリスマス
戦場のピアニスト
戦場を駆ける男
戦塵
潜水戦隊帰投せず
前線命令
戦争の犬たち
戦争のはらわた
戦争のはらわた(R)
戦争プロフェッショナル
戦闘機攻撃
戦略空軍命令
戦略大作戦
総攻撃
祖国は誰のものぞ
底抜け艦隊
ソドムの市
ソフィーの選択
ソルジャー ストーリー
ソルジャー・ボーイ

 

ソルジャー・ボーイ

昭和47年7月15日発行
発行所:東宝株式会社事業部
A4版16P

[解説]

ベトナムから故国へ帰還した4人のアメリカ兵を待っていたものは何であったか。それは輝かしい栄誉でも、恵まれた再生のチャンスでも、明るい将来への見通しでもなかった。物語は無意味な戦争から帰って来た人たちの哀歓を客観的に捉えて人生の哀しいアイロニーとしてとリ扱われている。
 製作は「殺人美学」、「100挺のライフル」等を放⊃たマービン・シュワルツか当り、シュワルツの共同製作者で脚本家ガードン・トループラッドか書いた脚本に基づき、TV出身の新鋭リチャード・コンプトンか演出した
 撮影監督はドン・バーンクラントで、ロケは、アーカンソー州、オクラホマ州、ニューメキシコ州等広範囲にわたって行なわれた。
 主演者は、舞台、TV出身のジョー・ドン・べーカー,「バニシング・ポイント」のポール・コスロ、「哀しみの街かど」のアラン・ビント、「傷だらけの挽歌」のエリオット・ストリート、舞台・TV出身の新星ジェニファー・ビリングスリー、同じくTV出身の新星フランシン・ヨーク、その他である。

[プロダクション・ノート]

 この映画の脚本は製作者シュワルツがABC放送局用TVドラマ「仲間たち」をフォックス撮影所で製作していたとき持ち込まれたものであったが、シュワルツがそれを読んで非常に気に入り、フォックスの承諾を得て映画に仕上げることになった。因に「仲間たち」は海兵隊訓練所の厳しい制度をぶちこわそうとする横紙破りの物語で、いずれも反体制、反戦を標傍する作品である点は同じである。
 この映画の脚本を書いたガートン・トループラッドと監督リチャード・コンプトンは、15年来の友だちである。映画は巻頭から巻末に至るまで、全部ロケによって製作されたが、撮影を開始する前約3週間にわたるロケ・ハンと、3週間にわたるエキストラ探しを行なった。エキストラと言っても映画の中で多少セリフをしゃべるエキストラのことで、25名ほど集めたが、いずれも、土地土地のドラマ・リーグのメンバーたちや、アマチュア劇団の人々であった。だが、こうした土地のタレントを使ったのは、製作費を安くあげるためではなかった。この点に関して、監督コンプトンは次のように言っている。
 「われわれはロケ地で会うその土地その土地に土着している人たちの風貌や言葉に出来るだけ接したかった。物語の中心がアメリカの中部であったので、できるだけ忠実にローカル・カラーを出したかった」。
 監督コンプトンは、撮影にあたりあらかじめシネモビールという特別仕立のバスを用意し、それに最少限度の人員と器材を乗せた。コンプトンの説明によると、これによって簡単に作業できるという融通性が得られるし、とくにロケの選定が自由に行えるという利点があった。大部隊であると、それだけ機動力が落ちるからであった。
 ノッケにこのシネモビールが発火するという事故があったが、直ちに修理できたので、製作スケジュールにさしさわりはなかった。この映画の製作は、71年2月15日、アーカンソー州リトル・ロックで開始された。最初の場面は、陸軍復員センターで、リトル・ロックの復員軍人病院が撮影に使用された。また4人の復員兵がオールナイト・パーティーを開く酒場のシーンも、リトル・ロックのサム・ペック・モーテルで撮影された。
 また4人組の復員兵が、中古品のキャディラック車を買うシーンの撮影はニュー・メキシコ州カールスバッドで行われた。復員兵の1人ダニーが仲間を連れて家へ帰り、家族や幼友だちから疎外され、バスケットボールの試合を見に行くシーンがあるが、これらのシーンもここのロケで撮影された。この部分の屋内シーンはオクラホマ州ヨーデルで撮影された。
 この映画の最後のクライマックス・シーンとなっている凄惨なシーンは、カールスバッドから西へ57マイルほどの所にあるホープという村で撮影されたが、ここの人口は何とわずかに93人であるという。
 ホープという村の名は本当の名で、希望を失った気の毒な4人の復員兵に対するアイロニーとしてわざと付けた名ではない。この地方は、長年にわたる旱魃のため、過疎地となったところで、とくに若い人たちがいなくなった。何しろ、ここは国道本線から離れた迂回路にあるので、交通量がきわめてすくない。そうした訳で、車や一般歩行者に迷惑をかけないで撮影を行うことができた。
 それから、もう1つの利点は、もっともこの地方の人たちにとっては悲しいことであったのだが、彼等が村を去るとき売れない家をすてて行ったことで、撮影隊はこれらの家を買いとり、それらを適当に配列して、それを破壊する最後のクライマックス・シーン撮影に使用された。
 このクライマックス・シーンというのは、4人の復員兵と村民との間に端を発したトラブルから国防軍に立ち向う戦闘シーンで、武器としてはバズーカ、迫撃砲、手榴弾、自動銃などが使用された。兵員輸送車は爆破され、ヘリは撃墜された。
 建物爆破の際、人がまだ住んでいる家が飛ばっちりを食うハプニングも起った。爆風のため窓ガラスが破れた家が数軒あったし、ある雑貨店の如きは、商品が棚から落ちるという騒ぎも起った。もちろん、これらの損害賠償はなされたが、村人たちは、あやゆる迷惑を忍び全面的に撮影に協力してくれた。
 もっとも、ある夫人は、ペットの狼がへりの爆音におびえたという理由で、ショット・ガンをとり出しヘリめがけて射ち、警官がそれをとめるという事件もあった。