[パンフレット] 353作品

[] [] [] [] [] [] [] [] [] [] [英数字] [プレスシート]

所有しているパンフレットを随時アップしています。珍しい物はありませんがご覧ください。

解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<カ行>

戒厳令
帰らざる勇者
影の私刑
カジュアリティーズ
風とライオン
合衆国最後の日
語らざる男
カミカゼ
眼下の敵
ガンジー
艦隊は踊る
帰郷
危険な道
機動部隊
奇襲戦隊
キプールの記憶
キャッシュ
キャッチ22
橋頭堡を攻撃せよ
逆転電撃作戦
巨大なる戦場
キリング・フィールド
禁じられた遊び(2種類)
空挺部隊
空軍大戦略
空爆大作戦
駆潜艇 K-255
グッドモーニング、ベトナム
暗い日曜日
グリーンベレー
クリムゾン・タイド
グローリー
クロスボー作戦
軍法会議
ケイン号の叛乱
激戦地(1946)
撃滅戦車隊3000粁
血戦奇襲部隊
決戦珊瑚海
原子力潜水艦浮上せず
攻撃(2種類)
極楽ホテル
地上より永遠に
コルチャック先生
コレヒドール戦記
コレリ大尉のマンドリン

 

空挺部隊

1959年1月発行
発行所:株式会社外国映画出版社
B5版12P

[解説]

「空挺部隊」──これは第二次大戦中、炎熱身を焼く北アフリカのリビア砂漠に数百台の英軍戦車隊を迎えうってほとんど全滅した“稲妻部隊”とよばれるイタリア軍空挺部隊勇士の物語である。彼らと戦った英軍のモンゴメリー将軍は『彼らは世界史上最高の戦斗部隊である』と激讃した。
撮影に当って、リビア砂漠の現地にイタリア陸空軍の全面的協力を得て大ロケーションを敢行、訓練や戦闘場面は記録映画以上の迫真力で描かれている。
監督のドイリオ・コレッティはイタリア映画にあって「大いなる希望」「シーラ山の狼」「遠い道」などで知られる戦争映画のヴェテラン、「大いなる希望」のマルカントニオ・ブラガディンおよびオレステ・ビアンコリが「戦争と平和」「水田地帯」の名ライター、エンニオ・デ・コンチーニらの協力を得て、イタリア軍の戦史に基いて書きおろしたオリジナルシナリオをウンベルト・ブルッツェーゼが脚色した。カメラは「ユリシーズ」「水田地帯」のルチアーノ・トラザッティ、音楽は「道」の名匠ニーノ・ロータ、編集は「最後の楽園」のマリオ・セランドレイと最高のメンバーを揃えている。
出演者はイタリア、スペイン映画界の中堅スターを集めている。「明日なき愛情」 「街は自衛する」のファウスト・トッツィ、「ユリシーズ」「特攻魚雷作戦」のエットーレ・マンニ、「大いなる希望」のアルド・ブフィ・ランディとホセ・ヤスペ「夏の嵐」のナンド・チチェロ、「愛は惜しみなく」のマルコ・グリエルミ、この「空挺部隊」でデビューした新人ファブリツィオ・ミオニ、それにスペイン映画の代表的スタアのマルコ・ビカリオ(流血の機関銃)などの男優陣に、「コンクリートの中の男」「モンパルナスの灯」の名女優レア・パドヴァーニをはじめモニカ・クレイ、ベアトリーチェ・マンチーニなどの一流女優が出
演している。
洋画界に新しく君臨する大東急がすべてのファンに贈る最大のプレゼント。

[プロダクション・ノート]

この「空挺部隊」はイタリア国防大臣の援助を得て、五六日間におよぶリビア沙漠の現地ロケが行われた。国防大臣はスエビア及びエゼドラ映画会社に対し、タルキニア陸軍学校ならびにヴィテルボのパラシュート部隊の将兵全員21,000名を提供、きらに左記の兵器を貸与した。

パットン戦車       150台
シャーマン戦車      20台
スチュアート戦車     30台
自動操縦戦車       50台
(以上戦車合計      250台)
アルファ・トラック    30台
SM82輸送機       一中隊
戦斗機          二中隊
火 薬          10トン
銃弾          20トン
火薬・銃弾附属消耗品  10トン
野外テント  800立方メートル
野戦用ラジオ      5セット

ロケーショシはリビアのマーマリック砂漠、エル・アラメイン、エル・クァルタラ、ゲベル・カラ、デール・アリンダ、ムナシッド丘、および最後の激戦地となったエル・アラメインから42キロの地点など当時の古戦場に塹壕、蛸壷、防塞、鉄条網、地雷原をそのまま再現して、単調なきびしさに明け暮れる砂漠に、1942年11月の壮烈な対戦車戦を展開した。この際、当時の生き残りの勇士が招かれて実地指導に当った。ロケーションはこの他陸軍学校パラシュート部隊学校で行われた。
作戦に補給は大切である。と同時に「空挺部隊」のロケーションの補給は大変だった。ロケ地まで場合によっては新しい道を作り、ジープやトラックが駈け回った。水も食糧も毎日運ばれるほかに各所に埋めて貯蔵きれた。専門の軍医がつききりで
熱や砂嵐、食物や気候の変化のために起る衰弱に注意を与え、爆薬などによる怪我人に備えた。また過度のため塩分が欠乏しないようにスタッフや出演者一同は毎日一錠ずつ食塩の錠剤をのんだ。
カメラは厚いブランケットで蔽つたが、烈風下では安定しないので、逆方向の風をモーターで送って安定きせ、録音技師も砂漠を進む28トンのパットン戦車のエンジンの唸りをとらえるのに苦心した。このような援助と努力を重ねて「空挺部隊」は完成した。