[解説]
アメリカがその200年前の歴史のなかで、最も悩み、最も心を痛めてきた問題=人種偏見。
「十字砲火」は、ひとりのユダヤ人殺害事件を通し、アメリカの社会裏面史であるユダヤ人排斥=人種問題を直接的、鋭角的に描いた社会派ミステリー・ドラマである。
アメリカ本国では、「市民ケーン」(41)、「第三の男」(49)と並び称される作品。何故そんな見事な作品が、これまで日本で公開されなかったのか!? これは、そんな驚愕の意を表したくなるような映画史上に燦然と輝く傑作である。この1本で、日本公開・洋画BEST10の順位が再編成、改められることは必至なのだ。また、ミステリー・ファンが随喜の涙をこぼして喜ぶこと間違いなしの一本なのである。
原作は、「プロフェッショナル」(66)、「冷血」(67)、「弾丸を噛め」(74)他で脚本兼監督として有名なリチャード・ブルックスの処女長編小説「煉瓦のタコ壼」。監督は、「ケイン号の叛乱」(54)、「若き獅子たち」(58)、「ワーロック」(59)の名匠エドワード・ドミトリク。彼は1947年にこの「十字砲火」を発表するや大きな注目を集め、各方面から絶賛された。しかし、公開後3ヶ月にして、ハリウッドに〈赤狩り〉の嵐が巻き起こり、事態は急変した。彼は、下院非米活動委員会の〈映画産業への共産主義の浸透〉・聴聞会に、共産主義者の疑いのある〈非友好的〉証人と指名された19名の映画人の1人として喚問された。だがドミトリクは、他の9名と共に証言を拒否したため、委員会の圧力に屈したアメリカ映画製作者協会の手によってハリウッドから追放されてしまった。この10名は“ハリウッド・テン”と呼ばれ、アメリカ映画界の良心を象徴する存在となった。尚、この10名の中には、製作者であるエイドリアン・スコットも含まれていた。そして彼等2人(ドミトリクとスコット)の場合、この追放が、アメリカ社会の歪んだ部分にあえて挑んだこの「十字砲火」という映画に起因していたことはハリウッド映画界全体の一致した見方であった。「十字砲火」はまさに監督自身、プロデューサー自身のその後の人生を大きく変えた問題作だったのである。
アメリカ本国ではこの事件の後、「十字砲火」の再上映もV T Rもなく、現在までなお政治的圧力下にこの作品が置かれている状態。今回入手したプリントは、製作者エイドリアン・スコットがネガの消失を恐れ、RKOの特別倉庫の片隅に秘めていたものを探し出し、それからポジを起こしたまさに完壁な映像のニュープリント。明・暗に極端なコントラストをつけたブラック&ホワイトの画面は「第三の男」を凌ぐ映像美。「第三の男」より2年早くこの作品が作られた事実も決して忘れてはならない映画史の1ぺージなのである。
主演キャストは、ロバート・ヤング、ロバート・ミッチャム、ロバート・ライアンという豪華さ。ロバート・ライアンはこの作品でアカデミー助演男優賞候補に上げられた。彼の見事な演技も見どころの一つ。また、グロリア・グレアムが事件の鍵を握る妖艶な街の女を好演しているのも見逃せない。
尚、同作品はこの年、作品賞、監督賞、助演男・女優賞、脚色賞にもアカデミー・ノミネートされたのだが、結果は先述した政治的圧力により完敗。「紳士協定」が主要各賞を獲得という逸話も生んだ。 |