[パンフレット] 353作品

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解説、プロダクションノートはパンフレットの表記そのままで掲載していますので誤字・脱字・旧字・旧仮名づかい等があります。ご了承下さい。

<タ行>

第17捕虜収容所
第27囚人戦車隊
第五戦線 遠い道
第7の暁
第8ジェット戦闘機隊
第八高地突撃隊
体当り突撃隊
タイガーランド
大進撃
大侵略
大戦争
大地と自由
大突撃
大反撃
太平洋紅に染まる時
太平洋の地獄
大編隊
太陽にかける橋 ペーパー・タイガー
太陽の帝国
戦う雷鳥師団
脱走山脈
脱走兵
小さな赤いビー玉
地下水道
地下組織
地上最大の脱出作戦
チャップリンの独裁者(2種類)
追撃機(2種類)
追想
ツェッペリン
ティアーズ・オブ・ザ・サン
ディア・アメリカ 戦場からの手紙
ディア・ハンター
抵抗(レジスタンス) 死刑囚の手記より
抵抗の詩
デルタ・フォース
テレマークの要塞
道中の点検
遠い道
遠すぎた橋
トコリの橋
ドッグ・ソルジャー
特攻決死隊
特攻決戦隊
特攻大作戦
トップ・ガン
友よ、風に抱かれて
渡洋爆撃隊
トラ トラ トラ!
捕えられた伍長
トリプルクロス

 

大反撃

ケン・ブックスNo91

1969年11月発行
発行所:ケンリック極東株式会社
A4版20P

[解説]

第二次大戦時、バルジ戦を前にして、連合軍から孤立したアメリカの一小隊は、ベルギー国境近くのある城に籠城をやむなくされていた。やがてヒトラーのひきいるナチの大軍の前に彼らは果てていったが、一兵卒としてここに加わっていたウイリアム・イーストレイクが自らの体験をもとに戦争の愚かさを描き出した原作「Castle Keep」は1965年発売されると、「笑いと涙を同時に味あわせるけっ作」としてたちまちベストセラーになった。この小説を読んだバート・ランカスターは即座に映画化を決意、3年の準備期間の後撮影を開始した。
製作は「いそしぎ」のマーチン・ランソホフと「ラブ・ド・ワン」のジョン・ケリー、監督は「いのちの紐」でテレビから映画界にデビューして以来、その俊英ぶりを高く評価されているシドニー・ポラック、脚色には「地上より永遠に」でオスカーをとったダニエル・タラダッシュが当っている。
ユーゴのノビ・サドにはとにかくユーゴーの大きな建築物となった巨大なセットが6ヵ月がかりで作られた。このセットは「静かなアメリカ人」 「ファニー」などでヨーロッパーのセット・デザイナーといわれるリノ・モンテリーニが2年間の年月をかけて考案したもの。最後のクライマックス、城が焔にまかれて崩壊するシーンを担当したのは「風と共に去りぬ」のあの火事場面を担当したリー・
ザビッツである。
撮影は「ビバ・マリア」、「将軍たちの夜」のアンリ・ドカエ、音楽は「ロシュフォールの恋人たち」のミッシェル・ルグラン。ともにフランス映画界ではそれぞれの分野で第一人者として認められている名手たちである。
主演は最近は独立プロを作って映画製作面でも意欲的な活動を続ける「OK牧場の決斗」「プロフェッショナル」、「泳ぐひと」のバート・ランカスター、彼と結ばれる悲劇のヒロインを演ずるのは、1日200ドルは稼ぐという欧米の売れっ子モデル、アストリッド・ヒーレンが扮し、本格的なデビューをしている。「乙女の湖」、「北ホテル」のジャン・ピエール・オーモン、「おかしなおかしな、おかしな世界」、「グレート・レース」のピーター・フォーク、「北極の基地・潜航大作戦」のトニー・ビル、「冷血」に初主演したスコット・ウィルソン等芸達者なクセモノ俳優がワキを固め、欧米モデル界からスカウトされた7人のモデル、それにユーゴ映画界からばってきされたビセラ・ビュコティックらが色どりを添えている。

[プロダクション・ノート]

●1965年、ウィリアム・イーストレイクのベストセラー小説「キャッスル・キープ」を読んだバート・ランカスターは、この小説を読むとすぐに映画化を考え、3年の準備期間の後映画化に着手した。撮影は厳寒のユーゴスラビアで開始されたが、撮影終了まで6ヵ月の月日を費やした。
●ユーゴスラビアのノビ・サド、ダニューブ河のほとりのこの町のセルビア国立カメニッツァ公園にこの国でもっとも大きな建築物、つまりこの映画のセットが作られることになった。このため、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ローマから200人の大工が呼び寄せられた。
まず10世紀風の石の城、城の塔の高さは18メートル、城の内部の大ホールは、長さ45メートル、巾が182メートルもあった。城のテラスは大理石で敷きつめられ、窓はステンド・グラスで飾られ、まわりにはほんものの濠をめぐらし、そこにはハネ橋がかかっていた。城のまわりの道路のような広大な庭には大理石やブロンズの1772の彫刻が置かれており、バラの庭園を中心にカシ、カエデ、ケヤキ等さまざまの樹木が植えられた。城の背後には東屋と召使小屋があり、城壁の外には、ゴチック調の教会を中心に古風なベルギーの町が出現した。
アート・ディレクターのリノ・モンティリーニはこの巨大なセットを作るために2年、案を練り、このセットを作るために6ヵ月を費した。
撮影隊が来るまでは眠れる町だったノビ・サドは一時ににぎわったが、このすばらしい城のセットをみたユーゴ政府は、撮影隊にこの城を保管したいと申し出た。撮影終了後、国家が国立観光施設として使いたいというわけである。ユーゴ政府にとっては文字通り「CastIe Keep」になったわけだが、そのため撮影隊はこの城をさらに補修、少くとも50年はもつようにしたという。
●この城は、クライマックスシーンでたった20分のうちに焔に包まれて崩壊してしまうが(といってもユーゴ政府の依頼でほんとにこわすわけにはいかなかった)。城内の戦斗シーンで使われた弾薬は、ダイナマイト400ポンド、プラスチック爆弾120ポンド、火薬1,000ポンド、その他の爆発物400ポンド、弾薬62,000発、火薬10,000発、ダイナマイト・キャップ500個、雷管用コード3,000フィート、黒煙用にラバー・タイヤ5,000個、ガソリン5,000ガロン、そのために500台のコンテナーが使われた。
●この映画の印象的な場面に、ランカスターが愛馬にまたがって、雪の上をやって来るシーンがあるがこの雪の場面がまた大へん、とにかく撮影隊が歩いたり、風のためにせっかくの白い雪が汚れてしまうのである。そのため、ハリウッドから巨大な砕氷機が運ばれ、毎時22トンの割で人工雪を製造した。そのため1,600トンの氷と10,000トン以上の大理石が使われた。ポラック監督はこの雪を巨大な扇風機で自由自在の方向に飛ばし、吹雪の場面を再現した。
●この映画の撮影は1月8日に始まる予定だった。それが1日遅れたのは、吹雪のため撮影隊が閉じこめられてしまったからだ。ユーゴ軍の助けで全員は無事救助されたが、閉じこめられた一行の所にいち早くかけつけたのは1人の女性記者だった。彼女はランカスターの経歴をききに来たのだが、撮影隊が動きがとれないでいるのにこの女性はどうしてここまでやって来れたか、ランカスターは不思議に思ってたずねた。女性の答えは簡単だった「スキーですよ」。
●この映画のクライマックス戦斗場面には4台のカメラと1台のヘリコプター・カメラが使われた。
●「冷血」出演でいちやくスターになったスコット・ウィルソンは厳寒のユーゴの寒さにすっかりネをあげてこう言った「In Bloody Cold」(血も凍る寒さだ)。
●エリザベス・ティシェには0度以下のこの寒い中を裸で道へとび出す場面がある。服を着るモデルである彼女にとって、これはいささか皮肉な役だが、彼女はそれを敢行した。後で彼女は監督にそっと聞いた「大きな画面で私の裸はどんなかしら」。ポラック監督は即座に答えた「鳥肌が実にいいと思うよ」。彼女は撮影中しばしばランカスターと議論をかわした。しかもそれがカントやサルトル、キルケゴール等の哲学者についてだった。彼女はランカスターに決して負けず、ランカスターも彼女の議論のうまさには舌をまいた。しかし、それもその筈彼女はソルボンヌ大学で哲学を勉強していたのである。彼女はこの後、フェデリコ・フェリーニ監督の製作に出演が予定されている。
●この映画にユーゴの女優ビセラ・ビュコティックがアメリカ映画に初出演している。彼女はこの映画出演後ハリウッドにスカウトされることになったが、英、独、仏、伊、の4ヵ国語をたくみにあやつる彼女のこと、成功はまず間違いないだろう。
●ブルース・ダーンがオリンピックのマラソン選手だったことはあまり知られていない。ところで、このロケが続けられている間、彼は自分の出演場面があろうとなかろうと毎日セットとホテルの20マイルの道をかけて往復した。
●撮影終了後ベルグラードの病院には60の眼帯がプレゼントされた。この眼帯なんと撮影中ランカスターが1人で使ったもの。彼は眼帯にかけても大へんおしゃれだったわけ。