[解説]
この映画は、映画化するには余りにも壮大な計画であるため、製作者自体で資金を調達することができなかった〈ワーテルローの戦闘〉を、忠実に描いた最初の作品である。
製作者ディノ・デ・ラゥレンティスは、数十年前に〈ワーテルロー〉の製作を決心していたが、彼の大製作会社だけではとうていできない計画でもあった。
その間、他のいくつもの製作者に協力を働きかけたが実現できず、結局、ソ連のモスフイルムが、彼に協力することになった。
モスフイルムは、製作費の一部400万ドル、ソ連軍兵士20,000名と騎兵部隊のアレンジメント、ウクライナにあるウズゴロド郊外での戦闘シーン撮影に必要な便宜、その準備などのため大勢の技術者、撮影関係者の手配を受持ったのである。
この1,200万ドルを超える〈ワーテルロー〉の製作費は、今迄に作られた映画の中で、巨費をかけた超大作の中の1本に数えられるものである。もし仮に、西欧でソ連軍の援けなしにこの映画を作ったとしたら、その費用は3倍以上になったであろうことは疑いない事実である。
この映画には、数ヶ国の人々の努力の結晶が、国際色豊かに繰りひろげられている。ディノ・デ・ラゥレンティスはイタリア人、監督のセルゲイ・ポンダルチュクはソ連人である。イタリアとソ連両国の技術者たち、イギリスとフランス両国のアドバイザー、ユーゴからのスタントマンたち、そして、スターはアメリカ、カナダ、アイルランド、イギリス、イタリア、フランス、ソ連国籍の人たちである。
戦闘シーン撮影にあたっては、5台のパナビジョンカメラが、地上と空中のヘリコプター、ロケ地を横切るように敷設されたレールを走る汽車から同時にまわり、臨場感と完壁性を期したのである。戦闘地を再現するために、ソ連技術者たちは、2つの丘陵地を平地にならし、谷間を切り開き、5マイルに及ぶ林を造り、ライ麦畑、大麦畑や野生の花畑を作り、歴史的な建造物を再製したのである。 |