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要塞昭和45年9月24日発行発行所:東宝株式会社事業部 発行権者:ケンリック極東株式会社 A4版24P |
[解説]第二次大戦中のイタリア戦線で、パルチザンを追求するあまりナチス・ドイツは一村の住民を皆殺しにした。山へ隠れていた14歳を頭とする少年たち17人が銃をとりドイツに復讐を誓った。この映画の舞台となった地方は、パルチザン活動の最も強烈だったところで、106人のパルチザンがドイツ軍に虐殺された事実もある。生き残リの子供たちが銃をとる設定はさして特異な状況ではなかった。少年隊はやがてアメリカ人破壊工作員の協力を得て初志を貫徹するが、問題はこれだけに終っていない。極度の緊張と殺リクの場に身をさらした14歳の少年と職業軍人の差が鮮やかに浮び上って来る。悲劇はむしろこの時点にある。主演は大スターの貫録ますます充分となったロック・ハドソン(大いなる男たち)がアメリカ陸軍の破壊工作員に、シルバ・コシナ(ネレトバの戦い)がドイツ軍看護婦に扮し、少年隊のリーダー、アルド少年にはマーク・コレアノ(心を繋ぐ6ペンス)が難役を見事に演じている。ドイツ士官にセルジオ・ファントーニ(逆転)、レジスタンスにジョン・フォーダイス(殺人スケジュール)たちが出演している。製作者は独立第一作というスタン・カンター、監督は「サイレンサー・シリーズ」のフィル・カ一ルソン、撮影は「想い出よ、今晩は!」のベテラン、ガボール・ボガニー、音楽はイタリア映画音楽の雄エンニオ・モリコーネが担当している。 |
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[プロダクション・ノート]●この映画の撮影に使われたダムは、イタリア北部を流れるアルダ川をせきとめて作ったディーガ・ディ・ミニャーノというダムで、横幅341メートル、高さ50メートルのものである。厚さは上が6メートル、下が40メートルで、貯水湖は、満水の時には、水面積87平方キロメートル、水量1500万立方メートルとなる。 ●製作者のカンターは美術班と共に、モンティチェロという村の近くに一つの村をそっくり作った。まず小さな農家とその離れ家を建て、道と広場を作り、教会も建てて見事なセットを作り上げた。これがドイツ軍によって村民が皆殺しにされるレアノート村である。 ●米軍のパラシュート隊がパルチザンのいるところへ降下するシーンは、実際に当時使われた飛行機DC-3を使用、又プロの人を使って撮影された。 ●製作監督のオッタビオ・オッポにとって頭の痛いことは、戦闘シーンに必要な武器弾薬などをいかに集めるかという事だった。だが、「ベン・ハー」、「天地創造」などの大作を手がけた彼のこと もちろんうまく処理してのけたばかりでなく、他のことでも手腕を発揮した。たとえば、第二次大戦中に使用した車の中で、多くは映画会社相手の小道具専門の会社から借りられたが、米軍が使用したフォルクスワーゲンのジープはどうしても手にはいらなかった。そこで彼は、今のワーゲンのシャシーとエンジンと車輪を買い、ボディーはプラスチックで作らせたのだった。 ●この映画でスタジオ撮影が行われたのは一シーンだけ、ダム爆破のところであるが、これは3メートルの高さの模型を使って、ローマのチネチタ・スタジオで撮影された。このダムの模型に、1秒間に7.5立方メートル、1分間に約7500リットルの水を注ぐポンプを使い迫力ある感じを出している。 |
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