アモス・ギタイ───
現代イスラエル映画界を代表する鬼才は、

73年より映画やテレビ、ビデオ、舞台と多彩なメディアを渡り歩き、また亡命先フラン
スをはじめアメリカ、フィリピン、タイ、ロシア、そして日本などへと、活躍の場を広げ
てきた監督である。前作「カドッシュ」(99)がアメリカやフランスで商業的に成功を収
めたのは記憶に新しいが、それ以前から世界中での評価は高く、多くの国際映画祭などで
紹介され、ロンドン、ニューヨーク、パリ、モスクワでは大規模な回顧展も行われてきた。
日本でも98年に「アモス・ギタイ映画祭」が開催され、既に多くのファンを獲得してい
る。またギタイは、フランシス・フォード・コッポラやサミュエル・フラー、ベルナル
ド・ベルトルッチ、フィリップ・カレルといった映画人と親交が深く、彼らから絶大な支
持な受けてきた。
そんなギタイの映画制作の動機となった出来事が、本件のモチーフとなっているヨム・
キプール戦争(第4次中東戦争)である。当時23歳だったギタイは、負傷兵をヘリコプター
で移送する部隊に配属され、ある日、乗っていたヘリコプターがシリア軍に撃墜されて九
死に一生を得たのだった。この体験はギタイに一生忘れることのできない記憶を刻み付け、
それ以後、個人を表現するための手段として、映画を撮り始めた。95年には、ヘリコプ
ターに同乗していた人々の関係者を訪れたドキュメンタリー「キプール──戦争の記憶」を
発表しているが、今回長年の思いがやっと実現し、イスラエル映画としては破格の8億円
の製作費をかけて、ヨム・キプール戦争におけるギタイの強烈な記憶が映像化されたのだ。
そこに描かれるのは、従来の戦争映画にありがちな戦闘シーンの応酬といった類のもの
ではない。それは、自ら敵に銃を向けることはないものの、前線で戦争という"悪夢"に直
面する救急部隊に配属された人々の物語であり、無秩序の中で感じる焦燥感や無力感、嫌
悪感、疲労感、そして何より、錯乱してしまうほどの恐怖に苛まれた人間としての戦争で
ある。ギタイ本人の実体験に基づくだけあり、ドキュメンタリーさながらの力強さを持つ
が、だからと言って個人的なセンチメンタリズムに浸っているわけではない。それは戦争
の感覚的体験を観客に共有させようとするものであり、実際のイスラエル軍から借りた戦
車やヘリコプターを用いて、実戦さながらに戦場を襲う爆破シーンは圧巻である。こうし
て、かつて誰も描こうとしなかった戦争のリアルな姿が描かれた本件は、時に観ているも
のをも悪夢へと突き落とすだろう。
実戦さながらの迫力あるシーンの数々を映像化したのは、アラン・タネールやダニエ
ル・シュミットの撮影で有名なレナート・ベルタ。93年にフランスから母国へ戻ったギ
タイがイスラエルの3都市(テルアビブ、ハイファ、エルサレム)を舞台に制作した3部
作「メモランダム」(95)、「ヨム・ヨム」(98)、「カドッシュ」からの付き合いである。
その他にも、「ベルリン・エルサレム」(89)や「ゴーレム、さまよえる魂」(92)、「カド
ッシュ」など多くのギタイ作品を製作しているローラン・トルショや、同じく製作のシュ
キ・フリードマン(「メモランダム」「カドッシュ」)、また「カドッシュ」組とも言える編
集のモニカ・コルマンとゴビ・ネタヌエル、衣装のラウラ・ディヌレスコ、美術のミゲ
ル・マルキンなどがキタイの世界を支えている。また音楽を担当しているのは、北欧を中
心に国際的な活躍をしているチェコのジャズ・サックス・ミュージシャン、ヤン・ガルバ
レクである。
キャストには、「カドッシュ」のコラム・ハタブとウリ・ラン・クロイツナー、「エステ
ル」(86)や「ベルリン・エルサレム」、「ヨム・ヨム」のジュリアーノ・メールらギタイ
作品常連の俳優と、リオン・レヴォやトメル・ルソといった若手俳優が起用されている。