SPR批評4:スティーブ・ローズ(映画評論家) (翻訳:ジェイさん)
評点 (0から ****): ****
「これから一体どうしたら良いんでありますか?」完全に混乱した兵士が、同じように度肝を抜かれた大尉に尋ねる。大尉は、すでに、部下の大半を失ってしまっている。大敗は確実に見える。上陸用舟艇がビーチに到着するや否や、彼の兵士の殆どは、舟から出ることもできないまま、屠殺されてしまった。幾人かは、海に飛び込んだものの、重い背嚢を外そうともがいているうちに、水中で射殺されしまう。海水は、何千もの死んだ兵士達の大量の出欠のために、真っ赤な血の色に染まる。
舞台は、1944年6月6日、オマハ・ビーチである。この日が終わるとき、始めは巨大な惨劇としか思えなかったこの戦いは、近代軍事史の中の最も偉大な勝利の一つとして記憶されることになる。
所属する部隊の殆どが消滅してしまったジョン・ミラー大尉という、一人の賢明な男を演じるトム・ハンクスは、彼のキャリアの中でも最も抑制の効いた、それでいて最高に素晴らしい演技を見せる。 ハンクスは、自分の指揮する男達にとって、謎の存在であることを好む男を演じている。部下達は、大尉がいつ、民間人の頃の職業を明かすか、賭けをする。何故それが謎なのかということ自体が謎めいている。温厚だが、自身に満ちたジョン・ミラーは、自分の過去を隠したがるような男にも、隠す必要のある男にも見えないからだ。
SAVING PRIVATE RYANは、監督スティーブン・スピルバーグの、「シンドラーのリスト」以来の最高の作品である。この戦争映画は、過度に反戦主義的でもなければ、愛国主義的でもない。観衆の感情をあからさまに操作することを避けている。戦争そのものが、余りにもリアルに描き出されていて、観衆は、恐らく、私と同様の反応を示すだろう。映画が終わったとき、私は、どこか人の居ないところに行って、思い切り泣きたかった。
映画は、現代のシーンから始まる。一人の老人が、家族と一緒に、軍人墓地を訪れる、劇的なシーンだ。何人もの家族が後ろから見守る中、老人は、十字架の海の中の一つの十字架をじっと見詰める。涙が溢れ始める。
強力なキャストに交じって、ライアン一等兵を演じるのは、「GOOD WILL HUNTING」のマット・デモンだ。その他の配役は、エドワード・バーンズ、ジェレミー・デイビス、ヴィン・ディーセル、アダム・ゴールドバーグ、バリー・ペッパー、トム・サイズモア、ジョバンニ・リビシ等である。
落下傘兵ライアンがパラシュート降下したのは、敵地の中なので、彼を捜索する作業は、藁の山の中から一本の針を探すようなものであるだけでなく、危険極まりないものだ。大尉の部下達は、ライアンの母親が、息子達の全てを失うことを防ぐという任務に反感を抱く。自分達にも母親は居ると、彼等は訴える。仲間が一人また一人と戦死するにつれて、兵士達の皮肉は強くなり、まだ会ったことも無いライアン一等兵を憎むようになる。事態は思いもしなかった展開を見せ、任務遂行への道は長く、苛酷だ。
ジョン・ウィリアムスの音楽は、終始雄大に展開するが、それでいて、デリケートな瞬間を圧倒することは決してしない。
「シンドラーのリスト」でアカデミー賞を受賞した、ヤヌツ・カミンスキーの撮影は、劇的な場面だけでなく、内省的な場面でも冴えを見せる。男達が教会の中で休息をとるシーンで、彼は、暖かい自然光を使い、男達の戦いに疲れた顔の内面を浮き彫りにする。ミラー大尉が丘の上に行くシーンでは、カメラは彼を逆光で捉え、雑誌「LIFE」の表紙を思い起こさせるようなドラマを盛り上げる。しかし何より凄いのは、戦闘シーンで彼が使う、手持ちカメラの効果だ。画面が上下に激しく揺れるとき、観衆は、戦う男達が経験する怖れと、戦闘のカオスを実感する。
息を呑むようなシーンの合間に、ロバート・ロダットの脚本は、待ちに待ったユーモアを、少しだけだが、組み込んでいる。事実上、実戦に参加させられることで、観衆が受ける感情的な負担は大変なものだ。人間が、生存のための戦いの中で、否応なく 動物のレベルに落ちて行く現場を目撃するのは、容易なことではない。しかし、スピルバーグのこの映画は、映画製作の頂点に立つものだ。ときとして耐え難いような経験をすることにはなるが、見逃すべきでない作品である。
SAVING PRIVATE RYANの上映時間は、2時間48分。強い言語表現と、暴力描写のため、「R」指定になっているが、十代後半以降の観衆には問題は無い。
[戻る]