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Cross of Ironを彩る兵器

歩兵という兵科は、高い死傷率とその地味で困難な任務によって軍のなかで最も過酷なものであった。しかし陸上戦闘を支えているのは彼らであり、戦場の女王と呼ばれ最も重要な兵科でもある。「戦争のはらわた」ではこういった過酷な任務に就いた男たちを克明に描いている。ここではその男たちの運命を握っていた兵器について語ってみたい。

初期のライフルは銃口から発射薬と弾丸を込めていたが、普仏戦争時にプロイセンのドライゼが弾丸を後ろから込める後装銃を開発、プロイセン軍はこの銃でフランス軍を圧倒、勝利した。こののちパウル・マウザー(モーゼル)がドライゼの銃をベースに手動式のボルトアクションライフルを開発した。このボルトアクションライフルが与えた影響は大きく、第1次大戦はもちろん第2次大戦まで米国を除くほとんどの国が歩兵の標準兵器としてボルトアクションライフルを使用した。このころのライフルは威力が大きく射程も長いのだが、手動式のため連射がきかないのが欠点であった。
第2次大戦では、ドイツ軍はモーゼルKar98kを、ソ連軍はモシンナガンM1891を歩兵の標準武装として使用した。共に装弾数5発のボルトアクションライフルで、速射性にかけ、このときには旧式化していた。ドイツ軍はGew41、Gew43を、ソ連軍はシモノフM1936、トカレフM1938というセミオートマチックライフルを開発していたが一般兵にまで行き渡らせることはできなかった。唯一セミオートマチックライフルの配備に成功したのがアメリカ軍であった。
Kar98kはドイツ軍歩兵に最も愛用されたライフルで、最も完成されたボルトアクションライフルといわれているモーゼルGew98を短くし扱いやすくしたものである。射程が長く命中精度が優れている反面、ボルトアクションの手間と装弾数が5発しかなく、速射性に欠けるのが欠点であった。しかしこの欠点は当時米国を除けば、どの国のライフルも似たり寄ったりであった。
冒頭の迫撃砲襲撃シーンでスタイナーの部下マーグがソ連軍のモシンナガンライフルを捕獲するシーンが登場するが、このライフルはソ連軍が狙撃性能を誇大に宣伝したため、狙撃用としてよく知られている。マーグが捕獲したものもスコープ(照準眼鏡)がついた狙撃兵用のものであった。彼自身この銃が気に入ったようで、後半もこの銃を肩に担いでいた。ただ実際のドイツ軍兵士にはモシンナガンよりもセミオートで速射ができるのトカレフの方が人気があった。

さて、手動式が確立すると次は連射のきく自動式の銃を求めるのは人の常で、そこで登場したのが機関銃である。威力が大きく反動の強いライフルの弾丸を一人で持って、連射できるようにするのは技術的に無理で、完成したのは3脚に載せ、2から3人で運用する今でいう重機関銃であった。この機関銃が本格的に使用されたのが日露戦争で、特に旅順攻防戦ではロシア軍の機関銃が日本軍を苦しめた。そして続く第1次大戦では大量の機関銃が使用され、その多大な火力によって両軍とも大損害を出した。機関銃の威力が認められると防御だけでなく攻撃時にも使用できる軽機関銃が登場する。連射性は重機関銃に劣るが、軽くて1〜2人で運用することができた。ただ求められる用途が異なったため、軽機関銃と重機関銃を統合することは難しかった。
第二次大戦でこの機関銃を最も有効に活用したのがドイツ軍であった。彼らは機関銃を歩兵戦闘における主力兵器を位置づけ、歩兵はこの機関銃を支援・援護するものとされた。この当時、世界の機関銃の趨勢は、軽くて機動性に富み攻撃時にも使用できる軽機関銃と、3脚などの安定した銃架で、長い射程を持ち、長時間射撃ができる重機関銃の2本立てであった。ドイツ軍はこれに対し、世界初の多目的機関銃MG34を開発、この機関銃は通常軽機関銃であるが、3脚を用意すると重機関銃になるという優れものであった。この多目的機関銃という形式は世界各国で採用されている。
「戦争のはらわた」に登場するのはこのMG34の後継機であるMG42である。MG34は精巧に製作されており、その性能は高かったのだが、埃や砂塵が多いロシア戦線では、その精密さは故障につながることが多く、また生産性を上げることが難しかった。その欠点を修正したのがMG42である。MG34ほどの精巧性を持たなくとも高い性能を維持することができ、またプレス加工を採用することによって高い生産性を持つこととなった。さらに高い連射性を誇り、その発射速度は1500発/分という凄まじいもので当時のソ連軍機関銃の2倍以上の発射速度であった。これはまさに長い射程を持つショットガンとも言うべきもので、その高密度の弾幕によって敵をズタズタにするのである。この威力からドイツ兵はこの銃を骨切りノコギリと呼んだ。またあまりに発射速度が速く、独特の銃声を持っているため、映画では機関銃の音らしくないとの理由でしばしば銃声を変えている。本作でもオリジナルの銃声ではなく、より機関銃らしい銃声に変えてある。その銃声はペキンパーの代表作「ワイルドバンチ」のラストシーンに使用された銃声によく似ているので比較してみるといいだろう。本作ではドイツ軍が守勢にたっていることもあり、主に重機関銃として使用されている。その重機関銃架はバネによって巧みに反動を吸収する構造で、安定した射撃をすることができ、状況に応じて高さも3段階に変えることもできた。このMG42はドイツ連邦軍をはじめ世界の多くの国で小改良を加えて今もなお使用されている。
対するソ連軍はこの当時、ドイツ軍のような多目的機関銃を持っておらず、他の国と同様軽機関銃と重機関銃の2本立てであった。軽機関銃の方は設計者の名からデグチャレフと呼ばれ、円盤型の弾倉がトレードマークである。本作でもラストの戦闘シーンでストランスキー大尉と撃ち合いを演じているし、女ロシア兵のシーンでもチラリと登場する。重機関銃の方はマキシムM1939で、銃身を水で冷やすための太い冷却筒がトレードマークとなっている。水冷式は空冷式の機関銃より長時間射撃することができる反面、どうしても重くなってしまうのが欠点であった。本作においてはスタイナーたちがソ連兵に変装して脱出するシーンで変装に気づいたソ連兵が冷却筒から水をこぼしながら撃っていた。また、はじめの迫撃砲襲撃シーンにも登場するがシュネルバート伍長の手榴弾によってあっけなくやられてしまった。

第1次大戦の塹壕戦を打破する手段として連合軍が出した回答が戦車だったのだが、これに対しドイツ軍ではシュトーストルッペンと呼ばれる特殊部隊を編成、浸透戦術で塹壕戦の突破を図った。この部隊に配備されたのが世界初の実用サブマシンガンMP18である。サブマシンガンは拳銃弾を使い、ライフルに比べ威力が弱く、射程も短いが、機関銃のように連射がきき、ライフルのように一人でもって活動できたので、近距離戦では大きな威力を発揮した。
第二次大戦においてドイツ軍は多数のサブマシンガンを使用したが、その中で主力となったのがMP40である。このMP40は空挺部隊や機甲部隊で使用することを意図し、量産型としては世界で初めて折り畳みストック採用し小型化に成功、またプレス加工を大きく取り入れ、生産性を高めており、これらの特長は他国のサブマシンガンに多大な影響を与えた。ドイツの著名な銃器設計家の名前からシュマイザーと呼ばれているが、彼はその銃の設計には関与しておらず全くの誤解によるものであるという話は有名。
この銃は本来歩兵部隊においては将校や下士官が所持することになっており、本作でもスタイナー軍曹、ブラント大佐、ストランスキー大尉、マイヤー中尉、シュネルバート伍長、といった指揮官クラスが持っているのだが、カーン、アルゼルム、マーグ、ゾルといった元来ライフルをもつべき兵士たちもこの銃を所持している。これはスタイナー小隊が偵察を主任務としており、出会い頭の戦闘が多く速射性の高い銃の方が有利なため、戦死者のものなどから調達したのでないかと思われる。
 なお、本作に登場するMP40のマガジンパウチは黒革製であるが、これは実物では非常に珍しいもので、実際はほとんどが布製であった。カーンのパウチは蓋が取って、すぐにマガジンを抜ける工夫がしてある。戦場ではいかにマガジン交換を早く行えるかは命に関わる問題だからである。ただし、これではマガジンを落とす可能性も多分にあるので、一概に有利とは言えない。
 PPsh41をトレードマークとするスタイナーも実は映画の冒頭、ドイツ軍サブマシンガンMP40を使用している。迫撃砲陣地襲撃シーンで弾倉を捨てるスローモーションにしびれた方も多いであろう。そう彼は1943年前半まではMP40を使っていたのだ。
しかし「戦争のはらわた」といえば、スタイナーのサブマシンガンPPsh41の乱射シーン。71発という装弾数をもつこの銃だからこそできたのだが、スタイナーのトレードマークの一つとなっているこのPPsh41自体は映画の冒頭でわかるようにソ連軍からの捕獲品である。PPsh41はソ・フィン戦争でソ連軍が手を焼いた、フィンランド軍のスキー部隊の愛用銃スオミM1931を参考に作られたもので、特長である大きな容量を持つドラム弾倉はスオミのコピーである。
この銃はMP40の2倍以上の装弾数と過酷環境であるロシア戦線においても故障しないという信頼性から大戦当時のドイツ兵にも人気があった。実際当時の戦場写真でもこのPPsh41を持つドイツ軍兵士を少なからず見ることができる。ドイツ兵はこの銃をウクライナの民族弦楽器になぞらえてバラライカと呼び、旧日本軍はこの銃をマンドリンと呼んでいた。
サブマシンガンは、射程が短いが、連射がきくため、近距離での戦闘が多い市街戦や森林戦ではライフルよりも有利であった。ドイツ映画「スターリングラード」でも連射がきかないボルトアクションライフルを持つ兵士たちが、PPsh41に切り替えて市街戦用に使用していた。スタイナーの部下でもクルーガー伍長、シュネルバート伍長といったヴェテランが敵から捕獲して使用している。
さてスタイナーやシュネルバートがドイツ製MP40をソ連製PPsh41に切り替えた理由であるが、敵の銃の方が優れているというのはもっともな理由であるが、これではスタイナーたちが映画の冒頭MP40を持っていた理由が説明できない。彼らは歴戦のヴェテラン兵士であり、PPsh41に切り替えるチャンスはいくらでもあったはずである。となると切り替えた最大の理由は弾薬不足ではないかだろうか。本作の舞台は1943年の南ロシアのクバンで、スターリングラード戦以降のソ連軍の攻勢により、北方の本隊と切り離されており、補給はクリミア半島から船で運ばねばならなかった。映画のなかでも食料、弾薬の不足が指摘されており、弾丸の補給が不安定な自軍の銃よりも弾薬を奪って調達できる敵の銃を使った方が確実であると判断したのではないかと推測される。

映画のなかではやたら過大評価されている拳銃であるが、実際の戦場においては威力不足で飾り以上の役割を果たすことはまれであり、ドイツ軍ソ連軍とも最前線においては将校もサブマシンガンやライフルで武装することが多かった。本作においてはスタイナーがルガーP08を、クルーガーがワルサーP38を持っている。スタイナーはルガーのホルスターの蓋をカットし、抜きやすくしてのに対し、クルーガーはホルスターに入れずベルトにさしている。クルーガーは前半のソ連軍攻撃シーンで白兵戦時に2〜3m先の敵に向かって撃っているが、これは戦場における最も適切な使い方である。敵味方入り乱れているため、ライフルでは長すぎてとり回しがきかないし、サブマシンガンでは味方を撃ってしまう可能性がある。
またカーンが右腰にルガーのホルスターをさげているが、通常兵士は機関銃手や弾薬手を除けば拳銃を持つことはなかったので、これも戦場で調達したものであろう。彼もまたスタイナー同様ホルスターの蓋をカットしている。

戦闘車両に目を移してみると、やはり最も目立つのがソ連軍戦車T34/85。この時期のソ連戦車は、居住性は低いものの、強力な主砲、傾斜させ耐弾性を高めた装甲、長い航続距離をもつ高性能なディーゼルエンジンといった特徴を持ち、ドイツをはじめ他の国の戦車開発に多大な影響を与えた。T34/85の登場は1944年に入ってからなので、本作への出演は時代的にはおかしいが、この時期の主力戦車T34/76の可動するものを手に入れるのは至難の業で、さらにこの映画の製作にあたってはかなり資金不足に悩んでいたので、撮影場所で調達しやすい、当時ユーゴスラビア軍が使用していたT34/85の登場になったものと思われる。T34/85はT34/76の改良型で特に主砲を85mm砲にパワーアップし、ドイツ軍の重戦車に対抗したもので、大戦後も大量に使用されたこともあり、ソ連映画のみならず西側映画に登場することも多い。
 このT34と対峙するのがドイツ軍の主力対戦車砲、75mm対戦車砲ことPak40である。この対戦車砲は当時の連合軍主力戦車を撃破できる威力を持っており、東部戦線のみならず、あらゆる戦線で活躍した。またほんのわずかだが、同じシーンでラッチェバムも登場する。これは元々ソ連軍の野砲で威力が大きいためソ連軍は対戦車砲としても活用していた。ドイツ軍もこの砲の威力に目を付け、積極的に捕獲しては対戦車砲として活用した。この砲はソ連軍の野砲としても登場する。対戦車砲は姿勢が低く戦車から発見しにくく強敵なのだが、一度発見されると機動性に欠けるので、映画と同様あっけなくやられてしまうことも多かった。
スタイナーたちは対戦車砲が撃破されたあとは、対戦車地雷を持って素手で戦車と戦うことになる。登場する対戦車地雷はTMi35(Stahl)でこの時期一般的な対戦車地雷であった。科学が発達した今もなお歩兵が戦車に肉薄して戦うことは大変勇気がいることで、対戦車ミサイルや無反動砲なかったこの当時はなおさらであった。通常、この手の戦闘は指揮官クラスやヴェテラン兵、または狂信的な兵士によって行われることが多い。このシーンでスタイナーはこの攻撃の相棒に、ナチ党員で仲間からは距離を置かれているゾルを指名するのだが、このことでスタイナーはゾルの兵士としての優秀さ(特に戦闘時における冷静さ)は認めていたことがわかる。彼らは冷静に敵戦車に接近し、見事撃破する。このあと通信兵の若いアルゼルムが戦車に向かって手榴弾を投げるシーンがあるが、慌てふためいて投げ損なっているのとは対照的であった。

本作ではドイツ軍のサイドカーが演出の小道具としてうまく使われている。ストランスキー大尉の乗っていたサイドカーが泥にはまり、まわりの兵士に押させて、自分は乗ったまま、強い口調で命令するだけというシーンでは、ストランスキーの自分は支配者階級だという傲慢さが良く出ていた。また、キーゼル大尉がサイドカーに乗り込み、ブラント大佐と別れるシーンではぶっきらぼうな態度の中に階級を越えた人としての心のつながりが表現できていた。もしキーゼル大尉がキューベルワーゲンに乗っていたら、車の扉がそのまま心の扉として表現され、彼らのつながりはうまく表現できなかったはずで、扉のないサイドカーが故になしえた演出であった。サイドカーは共にツェンダップKS750でBMWR75と並んでドイツ軍の主力大型バイクとして愛用された。
 そのほかにもドイツ軍ではキーゼル大尉がブラント大佐と別れるシーンの直前にキューベルヴァーゲン(フォルクスワーゲンビートルの軍用バージョン)が登場、またラストの戦闘シーンではホルヒ1a(8人乗りの大型乗用車)、オペルブリッツ(中型トラック)など本物がちらっとではあるが登場する。あまり映画では見かけないので要チェック。
 ソ連軍のトラックとして、米国製GMC CCWK353 2 1/2tトラックが大量に登場するが、この当時、米国からレンドリースとして大量の車両が供給されており、ソ連軍の機動力向上にかなり貢献している。戦車の生産に負われていたソ連にとっては後方支援車両の供給は重要で、しかも本車は高い信頼性を持っていたので、歓迎された。よってソ連軍がこのトラックを使用することは不思議なことではない。

ペキンパーのこの映画のコンセプトは「前線に長く身を置いた男たちにしかわからない戦争の現実」という。彼自身映画化にあたっては第二次大戦中のドキュメンタリーや新兵教育映画などを熱心に見ていた。原作者のヴィリ・ハインリヒ、製作者のヴォルフ・ハルトヴィヒはともに東部戦線の従軍経験を持つ。この映画では彼らのいう「戦争の現実」を再現するために当時の兵器はその運用や威力も含めて克明に再現された。それが故に「戦争のはらわた」は戦争映画の傑作として色褪せず、今もなお光り輝いている。

参考文献
拳銃・小銃・機関銃 ジョン・ウィークス
第2次大戦ドイツの自動火器 ロバート・ブルース
世界のSMG ロバート・ブルース
WWドイツ軍兵器集
世界の銃器 ライフル 床井雅美
世界の銃器 マシンガン 床井雅美
サム・ペキンパー ガーナー・シモンズ
The Cross of Iron Willi Heinrich
焦土作戦 パウル・カレル
戦争のテクノロジー J F ダニガン
第二次世界大戦あんな話こんな話 J F ダニガン、A A ノーフィ
世界の戦車 P チェンバレン、C エリス

(著者:Unteroffizier)


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